spiral
「俺らから逃げるな、マナ」
「逃げてなんか」
そういい、手を振り払おうとしたのに、そこにかぶせるように、
「今、お前が逃げてないって言いきれるのか!」
睨むようにしてそう言われる。
「一人で抱えるな。……独りに、なんなよ」
そうはいわれても、脳裏に焼きついて離れないあの時のママ。
「何があった?なぁ、マナ」
触れると首に心臓があるんじゃないかと思うほどに、そこだけが脈打つ感覚。
「ない!“言えない”!」
俯き、お兄ちゃんを見ないようにする。
「最初から信用しろだなんて言わねぇよ。ゆっくりでいい。お前のこと教えろよ。俺らのこと、知ろうとしてほしいんだって」
伊東さんの方を見て、
「お兄ちゃんに一体、何を話したんですか?」
と、聞く。
あたしの散々な毎日を知ってるはずがない。
「僕は、『一緒に暮らすことが叶わないけど、お前には妹が出来た』……と。『病気で会えないわけじゃない。でも、きっといつかは暮らせるようになるよ』と話した」
「それっぽっちで、どうしてここまで関わろうとするの?」
お兄ちゃんを怒鳴りつけると、逆に穏やかな声でこういった。
「それっぽっち?お前を見てるだけで、十分にみえるって。どんな暮らしをして、どんな思いをしてきたのか」
そういってから、お兄ちゃんは涙をひとつだけ流して、こぶしで拭った。
「お前が安心して眠れる場所に連れて行ってやる」
「それって」
「俺とお前の部屋だ。俺はお前を傷つけねぇ。安心して眠っていい場所を、お前にやりたいだけなんだ」
喉がギュッと絞まってく感じがして、声が出ない。
「オヤジには悪いけどよ。俺は新しい母さんよか、この数時間みてきたマナを信じたい」
「……わかってる」
「ごめん、オヤジ」
「……いいさ」
伊東さんは哀しげな顔で、どこか遠くを見てる。
伊東さんとママの間にあるもの。
お兄ちゃんとママの関係。
見えないものが多すぎるまま、決めてしまっていいのかな。
安心して眠れる場所に、一歩進んでいいの?
しゃくりあげるように泣くあたしに、お兄ちゃんが聞いた。
「マナ、ベッドカバー決めようぜ」って。