spiral
「言えばいいじゃん」
「言えない!」
「そんなとこ大人になる必要ないだろ」
「大人になんなきゃ生きてけなかったんだもん!」
ゴツンと鎖骨に拳が当たった音。
「うっ」
「あ」
目の幅で流れてた涙が、止まる。
「ごめん、なさい」
半歩下がると、凌平さんがニッと笑ってこういった。
「言えるじゃん、ちゃんと」
って。
「え」
どういうこと?どう反応していいのか困って、お兄ちゃんを見る。
「え?」
もう一度声を上げた。お兄ちゃんが唇を噛んで悔しそうにしてるから。
「どうしてそんな顔」
伸ばしかけた手は、なんでかお兄ちゃんに弾かれた。
「お兄ちゃん?」
「あ……悪い」
沈黙が重い。あたし、また何かやったのかな。
「ごめんなさい」
癖。幼いころからの、癖。
「え?」
今度はお兄ちゃんが固まった。
「ごめんなさい」
謝ってやりすごすしかなかった、あの寂しい長い長い時間。
「なに謝ってんだよ」
怒るお兄ちゃんに、あたしは繰り返し謝るしかできない。
「謝るな」
「だってお兄ちゃん怒ってるから」
「俺がなんで怒ってるか理由わかんないのに、自分が悪いのかどうかを聞く前に謝るのかよ」
「だってそうしなきゃあたし」
言葉を飲む。
(そうしなきゃ生かしてもらえなかったって、言葉にしたくない)
続く言葉を言えずにお兄ちゃんを見つめるあたしに、お兄ちゃんがポツリ。
「マナ。お前さ、頭ん中で自己完結しないで、ちゃんと話してくれよ。自分だけ下にする癖も直せ」
後頭部をカリカリ掻きながら、はぁっとため息と一緒にそういったんだ。
「お前、何があったんだよ」
「何って」
凌平さんを見ると、「予想範囲内しか話してない」とニッコリ笑っていう。
「予想範囲内って」
ママにされたどこをどう言えばいい?
お兄ちゃんからは、ママは普通っぽくみえるとしか聞かされていない。
それを壊すようなこと、あたしが言ったとしたら……。
(またママが消しに来る?)
怖くなった。だから、あたしは自分を自分で守るために笑うんだ。
「ない。なにもなかったよ」
笑えてる?あたし。ちゃんと笑えてるかな。
目の前に鏡があったらいいのに、自信がない。笑えてるのかわからないよ。
「……」
黙ってその言葉を聞いてたお兄ちゃんが「悪い」と呟いた刹那、音がした。
痛みはその後。
「え……?え?」
左の頬。
ママに殴られて痛む顔に、新しい痛み。
でもママに殴られた痛みよりも、お兄ちゃんの平手打ちとお兄ちゃんがしている表情が痛くて、あたしはまた泣いた。