spiral
顔を拭き終え、ソファーを指される。
おずおずと腰かければ、お兄ちゃんが隣に腰かけてきた。
真面目な顔で、どこか悲しげなお兄ちゃん。
「また……なにか、したかな?」
前髪の隙間から覗きこむように聞けば、「何もない」と薄く笑って首を振る。
この空気を変えるにはどうすればいいのかだけ考える。
けど、お兄ちゃんの様子がおかしい原因が自分じゃないなら、変える術が見つけられない。
「もうやめろ、そういうの。俺にはナシでいい」
静かな、本当に静かな口調。
いつもはどこかおどけていたり、伊東さんと喧嘩してたりの姿しか知らない。
あとは、お兄ちゃんぶるところとか。
「俺、お前にまだ話してなかったよな。俺の兄貴と母ちゃんの話」
法事って言ってた今日。それは二人の命日。
「どうやって二人が俺の前からいなくなったのか、ずっと話さないできたもんな」
お兄ちゃんが横からあたしに手を重ねてくる。
ドキドキするけど、その手を拒むことができない。
「上手く話せるか自信ない。けど、話す。マナに俺たちを信じてほしいって思う前にさ」
そこまで言って、大きく息を吐いてから、
「うん。……俺たちの方が、お前にまだどこかで壁を作ってたら、お前が近づいてくれるわけないんだ」
もう泣きだしそうになってるお兄ちゃん。
お兄ちゃんが話そうとしているのは、遠い昔の悲しい思い出なんだよね。
こんなに悲しい表情になってしまうなら、話すのは辛いはず。
人の死を語るのは、簡単じゃない。勇気がなきゃ無理だ。
「お前のそばにもっと近づかなきゃ、お前はこれから先も距離を置くだろ?」
「そんなことは」
その場しのぎをしようとした言葉を言えなかった。
いえばよかったのにと思うのに、逃したタイミング。
「怖がられないようにするには、同じ痛みを抱えられなきゃダメ……だろ?」
そういったお兄ちゃんの目尻から、涙がひとつ流れる。
「俺の兄貴、それと母ちゃん。二人とも、俺の目の前で死んだんだ」
ドクンと心臓が強く跳ねるように脈打つ。
「出かけた帰り。迎えに来てくれた公園の入り口。そこにトラックが突っ込んできたんだ」
ドクドク、心臓がうるさい。これは、この話は、本当にあたしが聞いてもいい話なの?
「公園の入り口に停まってた母ちゃんの車に、後ろから突っ込んだトラック。飛ばされた母ちゃんの車に撥ねられた兄貴」
光景が見えそうで、目をつぶりたい。なのに、お兄ちゃんから目が離せない。
「兄貴が、俺の目の前に吹っ飛んできて。……そんで、目を見開いたまま、首が曲がってた。血まみれの兄貴が俺を……見て、た。焦点、合ってない目で」