spiral
頭の中いっぱいに、お兄ちゃんの悲しい思い出が広がっていく。
空いてる片方の手を、口に当てて声を堪えた。
泣きたいのはあたしじゃない。お兄ちゃんなんだもの。
「鼻につくオイルの臭いと、血の臭い。それがいつまでも体から離れてくんなかった」
お兄ちゃんの手が、重ねたあたしの手をギュッと握る。
「それから、何年か。オヤジは俺を責め続けたんだ。そっからは、俺もオヤジも地獄の毎日の繰り返しだったんだ」
震える手が、その辛さや悲しさを物語ってた。
「それでもさ、俺思った。何年もかかったけど、俺もオヤジも前に進めた。悲しいことに変わりなくても、そのまま立ち止まってたら死んだ二人に顔向けできないし」
そう思えるまでに何年、何日かかったのかな。
あたしがアキの死を受け入れて、ママやパパから距離を置かれ。
それを頭の中で仕方がないと諦めるまでもずいぶんかかった。
「あの女にどんな過去があろうがさ、それは一人の問題だろ。それを自分の子供に押しつけて、距離を置くためにしていいことじゃない。俺もまだガキだけど、それくらいはわかる」
「……わかるの?ママがしたこと」
分かってもらえないって思ってたのに。
「わかるさ。善悪ってほどじゃないんだろうけど、あの女がしたことは善じゃないってこと程度は」
首をかしげる。
「お兄ちゃん」
空いてた手を、あたしの手に重ねてるお兄ちゃんの手に重ね。
「伊東さんが、ママに教えたって聞いたの。あたしの新しい生活のこと、色々」
その言葉を黙って聞いてくれるお兄ちゃん。
「伊東さんとお兄ちゃんは親子。だから、お兄ちゃんも同じだってあたし」
そういったあたしの言葉に、お兄ちゃんは微笑みながら首を左右に振った。
「え?だって」
親子だったら親に従うもの、だよね?
「オヤジはオヤジ。俺は俺。本当にオヤジがそうしたのか俺は知らない。けど、俺は違う」
「だって、親子だよ?だから、もしも伊東さんがママの方を選べって言ったら選ぶでしょ?ママを」
浮かぶ疑問をポンポン口にしてる。
いつもなら何か聞けば怒られるんじゃないかとか、顔色窺うのに。
「もう十分にいろいろ考えられるデカさに育ってるのに?俺の気持ち無視するような親なんか、こっちから願い下げだな」
その優しい笑みは、何度もみた伊東さんの笑顔に重なる。
「オヤジだけを信じるんでもないし、あの女だけを疑うんでもないし。真実は自分で確かめてからでもいいんじゃねぇか?」
真実と聞き、眉間にシワを寄せた。
「オヤジに聞いてみればいい。それが真実なのかって」
「……聞く?」
聞いて、本当にちゃんと答えてくれるんだろうか。
そこも不安だったけど、本当に怖いのはもう一つの方。
「や、だ」
即答するくらい、怖かった。