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「柏原ぁ……私の負けよ……出てきて……」
柱の影から執事が姿を現さないかと待ってみた。
だけど、大時計がチクタクと時を刻む音が聞こえてくるだけだ。
「私、柏原がいないと何もできない……」
声に出して認めたら柏原が許してくれると思った。
だけど、私の執事は本当に家出してしまったようだ。
私に何かできること……
そうね、一つあったわ。
頭に浮かんだのは、ヴァイオリンが弾く事だ。
柏原が『いつでも練習できるように』と、部屋に置いてくれていた皮張りのケースに手をかける。
タイス瞑想曲……
一番上に用意されていた譜面は、柏原が一音一音に注意書きを細かく書き記してくれている。
『ビブラートを含ませゆっくりと……でございます。お嬢様』
柏原は、音楽の知識なんてあまりないはずなのに先生の話を一緒に、聞いてくれていた。
『素直に楽しめばいいのですよ、私は貴方の音色が好きですよ』
パチパチパチ
あるはずのない拍手が聞こえて、振り返る。
「柏原っ?」