解ける螺旋
必死に誤魔化そうとして、それに何の意味もない事がわかるから、私は結局言葉を切った。
私と健太郎を見比べる様に見ていた樫本先生は、唇の端に少しだけ笑みを浮かべてから私の身体からあっさりと手を離した。


「ごめんね、結城君。いつからいたのかな」


意識的に、なのか。
唇を手の甲で拭う動作を見せつけられて、私はつい目を背けてしまう。
健太郎は少しだけ眉をひそめて、小さく溜め息をついた。


「……気付いてたくせに、よく言うよ」

「……健太郎……?」


言葉がよく聞き取れなくて、私は恥ずかしさを必死に堪えて健太郎の名前を呼んだ。
だけど健太郎は表情も体勢も変えずに、ただ私と樫本先生を睨んでいる。


「次の学会の論文、仮提出まで時間ないんですよ。
……野暮な事したくないけど、今はソイツ貸してもらえますか。
なんなら夜にでも、先生の家までノシ付けてお送りしますよ」

「け、健太郎!?
そんなんじゃない、変な誤解しないで!!」


慌てて先生の腕を振り払うと、私は先生から離れて健太郎に一歩踏み出した。
だけど健太郎の険しい視線は変わらずに、思わず身を竦めてしまう。


「……やれやれ。残念。じゃあ今は結城君にお返しするかな。
夜に来るかどうかは、相沢さんの意志に任せるよ」


そんな軽口を叩いて私の横を通り過ぎる樫本先生に、


「い、行く訳ないです!!」


慌ててそう叫んだ。
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