解ける螺旋
「俺の為じゃなくて、先生の為だろ。
……そう思う気持ちも偽物かもしれないって、わかってて行くの?」

「……うん」

「俺が何を言っても、聞く耳は持たないの?」

「……ごめん」


私の言葉を聞いて、健太郎は黙り込んだ。


雨はさっきから激しくなる一方だった。
通り過ぎる人達はみんな掛け足で、立ち竦んでいる私達にはもう目もくれない。
そうしてどの位の沈黙の後か、健太郎が私の腕を放した。
私の腕は力を失って、ダランと身体の脇に垂れ下がる。


「……先生の部屋に入っちゃったら、もう俺は助けてやれないから。
自分の身は自分で守れよ」

「うん。……ごめんね、健太郎」

「……って言っても。
それが奈月の望み、なんだろうな」


ポツリと付け足された言葉はあまりに小さくて聞き取れなかった。
だけど私は健太郎に背中を向けて、降りしきる雨の街を走り出していた。


途中で少しだけ振り返って健太郎を捜した。
健太郎は一歩も動かずに同じ場所に立って、雨を遮ろうともせずに私を見送ってくれている。


「……バカ。風邪ひいちゃうよ……」


無意識に漏れた言葉は、ここからではもう健太郎に届かない。
だから私は健太郎が早く歩き出すことを願って、走る速度を速める。
そうやって、健太郎との距離を広げて行くしか出来なかった。
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