解ける螺旋



「……奈月、今日時間あるか?」


学会まで後一週間。
論文も大詰めを迎えて少し休憩をしていた時、健太郎がいつもと違う声色で話し掛けて来た。
顔を上げると、健太郎は微妙に視線を外しながら、目を宙に彷徨わせる。


「何?」


――怪しい。


こんな雰囲気の健太郎は、長い付き合いの私でもあまり馴染みがない。


「約束しただろ。西谷さんとこ、会いに行くって」


あ、と声を漏らした。
だけどすぐ、え? と聞き返す。


そう言えば西谷さんのお兄さんに会う約束をしてた。
だけどもう今となっては、会わなくても結果はわかってる。
この世界の西谷さんのお兄さん、西谷愁夜さんの姿を確認するって事は、愁夜さんの話を裏付けるだけで私にも健太郎にも意味はない。


愁夜さんから話してもらった事は健太郎にも伝えた。
だから健太郎だってわかってるはずなのに。


「……ごめん。私、遠慮したいかも」


申し訳ないと思いながら肩を竦めると、何故か健太郎が焦った声を出した。


「え? ……頼むよ。
確かにもう会っても意味無いかもしれないけどさ。
……せっかく楽しみにしてくれてるのに、悪いから」


いつもの健太郎らしくない。
一言で言えばしつこい。
だから私は、言うべきじゃないとわかっているのに、つい口に出してしまった。


「……西谷さんが楽しみにしてるのは、健太郎に会う事だよ。
なんで気付かないの」


そんな事ない、という反論が返って来ると思ってたのに。
健太郎は言葉に詰まって、バツが悪そうに俯いた。
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