解ける螺旋
それなのに。
焦る俺の白衣のポケットで、ピッチが小さく振動した。


緊急の呼び出しなんだろうか、マズい事は重なる。
急患だとかで呼び出されたりしたなら、目も当てられない事態になりかねない。
気付かないフリ、で誤魔化そうと考えたのに、俺はほとんど無意識で呼び出しに応答していた。


「西谷先生! 援護お願いします!
ERに轢き逃げ事故のPTが搬送されてます」


看護師のものか、耳に飛び込むキビキビとした声。


西谷先生、と呼ばれる事にそれ程違和感は感じなかったけど、ある意味絶望的な気分になる。
だけど俺は躊躇う事なく立ち上がっていた。


「PTの状態は?」

「T(体温)=35,7℃、P(脈拍)=40、R(呼吸=)35、Bp(血圧)=50/16。
右大腿骨、左第十肋骨骨折の疑いあり、全身打撲。意識レベル300。
田辺先生は他のPTのオペ中です」


昔かじった知識でも相当ヤバい状態なのはわかった。
だからこそ俺が行くべきじゃない。
なのに俺は部屋が飛び出した。


何となく辺りに目を遣りながら、相当大きな病院だという事はわかる。
しかも三次救急を受け入れる病院なんだから、最先端の医療技術とスタッフを抱えている大学病院なんだろう。
絶対にマズいに決まってる。


「酸素5リットル投与。緊急オペの準備」

「はい!」


PHSの声が途絶えた。
勇ましく指示した自分に、ちょっと待て、と慌てるのに、俺の身体はただ動く。
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