解ける螺旋
「五年前に言った通り、愁夜さんが好きだから。
ずっと待ってたんだから。
やっと会えたんだから、離さないに決まってるじゃない」


耳元で穏やかに言われると、結構な殺し文句だ。
だけど俺はすぐに何も言えず、奈月の首筋の熱を頬に感じていた。


奈月がそう言ってくれたのが嬉しいくせに。
気が遠くなる位に味わって来た、たった独りの存在としての孤独が、俺に奈月の心を疑わせる。


「俺が君だったら、憎んでも憎み切れない存在だと思うかもしれないのに」

「もう……。愁夜さん! 怒りますよ」


奈月は少しだけ身体を離して、俺の顔を覗き込んで来た。


なんと言うか。
再会してから散々見ていた顔だけど、こんなに強い目をする奈月に、俺はまだ慣れない。


「確かに本来の私は、愁夜さんと出会う運命じゃなかったかもしれない。
私と愁夜さんの運命は、交わる事もなかったかもしれない。
接点を持った事で、色んな事が変わったのも否定しない。
だけどそれが悪い事ですか。
だって私は私が覚えてる事しか知らないから。
愁夜さんにとって他の世と違う私でも、私にとっては今が全て。
だって私は私でしかないんだから」


必死に言い募る奈月の髪を、俺は無意識のうちに指で漉いていた。



「奈月は奈月……」

「そうよ。私は今の私しか知らない。
そりゃ五年前の私は混乱したし、今だからこんな事も言えるんだけど。
……十歳の時誘拐事件に巻き込まれて、優しいお兄さんに助けてもらった。
大学の研究室で樫本愁夜という名の助手の先生に出逢った。
私の心に踏み込んで来る先生に戸惑って、だけどどうしようもなく惹かれて。
私の全てを奪ったくせに五年も姿を消した酷い人。
それでも私は、そんな愁夜さんを、今も変わらずに愛しく思ってるって事」
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