解ける螺旋

 惑わされる恋心

つい『あの人』の姿を思い描いたら、私は無意識に樫本先生の姿を捜していた。
先生はそう離れた場所ではないところで、分厚い文献に目を通していた。
だけど私の視線に気が付いたのか、フッと目線を上げて私を見た。


「……ん? どうかした? 相沢さん」


軽く首を傾げる樫本先生に私は慌てて首を振って、そして健太郎に向き合った。


「論文、続けよっか。昨日のデータもある事だし」

「……うん」


健太郎は私の視線の向いた先にチラッと目を遣って、だけど気にした様子もなく私に返事をしてくれた。
私も気付かれない様にもう一度樫本先生を盗み見る。
もうこっちを見ていない先生だけど、この距離だし、話が聞こえてた事はわかる。


興味がないだけ、と言われればそれまでだけど、やっぱり不思議だ。
先生はその当時関わっていた訳じゃないから、『あの事件』をそんなに大きな事件だと思わないのはわかる。
だけど、この距離で、この声音で話していたら、内容だって聞こえたはずだ。
なのにいつもと変わらない。
それ以上に無反応だなんて。


普通一般的な興味もないのか、それ以上に私に興味がないのか。
どちらも考えられるけど、何となく微妙な気分になった。
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