解ける螺旋
――何……?


その感触が一瞬信じられなくて、私は目を見開いた。
少しでも身動きしたら触れてしまいそうな位、すぐ目の前にある先生の顔。
見開いた目に、怖い位綺麗な先生の瞳が映る。
これだけ近くで見ると茶色く見える瞳。
それがわかってしまうほど近くに居るんだって感じて、それだけでさっき唇を掠ったのが何だったのかまでわかってしまう。


「……な、に……すんのよっ……!」


さすがにこれは怒ってもいいとこだと思う。
キスでパニックする程子供じゃないけど、キス位と割り切れる程大人でもない。
衝動的に振り上げた右手が先生の頬を引っぱたこうとした時、その手を先生に掴まれた。
ギリッと音がする位強く捻じ曲げられて、私は思わず、痛い! と叫んでいた。
ギュッと目を閉じてそれからもう一度目を開ける。
涙で少しだけ滲んだ私の視界いっぱいに、先生の顔が見えた。


だけど。
さっき綺麗だと思ったその瞳が、少しだけ翳ったのがわかる。
今までのどんな態度の先生にも見た事のない表情。
それをどうたとえていいかわからなくて、私は自分の状況も忘れて言葉を失った。


「……わかんないんだよね、俺。君って人間が本当はどんな人間なのか。
今までいろんな表情を見て来たつもりだけど、興味があった訳じゃないから。
……必然に迫られて近付いてみたら、俺の方が不安になる位、君は複雑だ」


――『俺』?


何だか先生の口調までいつもと違って、ただ困惑して先生を見つめ返すしか出来ない。
そんな私を目を細めて見ながら、先生の指が私の唇をなぞった。


「……っ!!」


さっきの感触を思い出して、つい身体が強張る。
だけどそんな反応さえ、先生は面白そうに見ていた。
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