主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】
“どうしてここに?”


――主さまは、そんな顔をしていた。


鬼火がその月のような美貌を照らし出し、髪には…薄桃色の髪紐。


こちらを振り返った時に、また鈴の音がした。


今まで…

今まで守ってきてくれたのは…



「十六夜さんは…主さまだったの…?」



…6年ぶりの主さまは…否定もせずにただじっと見つめてきて、じり、と後ずさりをして襖にぶつかった。



「どうして…主さまは…私を食べようと思ってたんでしょ…?なのにどうして…」


「…もうお前の前には現れない」


「え…」



――その声――

間違いなく、少し言葉を交わした“十六夜”のもの。

6年という歳月が主さまがどんな声色をしていたかを忘れさせてしまっていて、息吹はそれを激しく悔いて崩れ落ちた。


「主さま…やだ…」


「…猫又、行くぞ。帝、もう息吹には手を出すな。次は総攻撃で行く」


やわらかい猫又の肉球が何度も膝や頬に触れてきたが息吹は顔を上げることができず、風がふっと髪を揺らし、瞳だけ上げると…


主さまの姿は消えていた。


「息吹、幽玄町に戻って来るにゃ。僕らも主さまも待ってるからにゃ!」


「…猫ちゃん…」


ぷにっとまた肉球で頬に触れてきて猫又が走り去ると、刀を抜いた帝が近付いて来た。


息吹にとっては妖よりも恐ろしい存在――


「いや、来ないで…」


「息吹よ、私はこれしきでは恐れぬ。そなたを必ず中宮に…」


「おやおや帝よ、脚が震えておいでか?」


――聴き慣れたその優しくも少し人を小馬鹿にするような印象を含んだ声に息吹はぱっと顔を上げた。


「父様!父様!!」


「この鬼火は…主さまか。主さまと対峙して命を奪われずに済みましたな。強運な方だ」


「晴明、そなたの結界はまやかしか?今すぐ張り直せ!」


「もう済みました。それよりも私の娘が怯えているので失礼いたします」


肩を抱かれて寝所を退出し、息吹は必死で訴えた。


主さまが…十六夜であったことを。


「父様は…知っていたの…!?」


「…十六夜がそう望んだのだ」


…何故…
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