主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】
晴明の屋敷へ数日ぶりに戻った息吹は…

あまりの散乱ぶりに口が開いて塞がらなかった。


「寝込んでいたところを襲われたからねえ。手伝ってくれるかい?」


「はい。大きなお怪我がなくて本当に良かった」


――始終晴明を気遣う息吹。

なるべく離れたくないのか手の届く距離で作業に取り掛かる。

主さまは手伝いもせずに縁側に座り、息吹は腕まくりをして割れた破片や紙類をてきぱきと片づけ始めた。


「…そんなに晴明が好きか」


――まだ勘違いをし続けている主さまは実際…晴明から息吹を奪い取る気でいた。


昨晩の息吹は…強引に唇を奪った自分にろくな抵抗もせず、どちらかというと“食う”と言った自分に従ったように見えて、主さまはますます混乱していた。


「難しい顔をしているが何を悩んでいる?」


水を汲みに部屋から居なくなった時を見計らって晴明が声をかけてきた。

すっかり綺麗になった私室を満足げに眺めながら問いかけて、主さまはひそりと本音を告げて、晴明を苦笑させた。


「あれをここに戻すつもりはない。わかっているのか?息吹はお前の嫁にはさせんぞ」


「ふふ、息吹は私の娘だぞ?そなたは時々腹を抱えて笑い転げたくなるようなことを言うから面白くて仕方がない」


「…ふん」


晴明にその気がないことを確認し、手桶を持ってきた息吹が額に浮かぶ汗を拭いながら笑顔で晴明の隣に腰かけた。


「だいぶ綺麗になったけど…父様、お怪我は本当に無いの?ちょっと脱いで見せて下さい」


「なになに、いいとも。…ああ、主さまは外してもらえるかな?私も年頃だし恥ずかしいからねえ」


「ふざけるな。息吹、その辺にして戻るぞ。俺は眠いんだ」


「え、でも…」


「また明日おいで。しばらくは十六夜の屋敷でゆっくり過ごすといい」


――息吹と主さまが少しだけ見つめ合うと同時にぱっと俯いて恥じらい、晴明は肩を竦めて寝転がり、主さまの赤い顔を見て笑いが止まらなくなってまた睨まれた。


「ふふふふ、純情な奴め」


「うるさい!早く牛車を用意しろ!」


息吹は隣の部屋。

いつ何が起きても、おかしくはない。
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