主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】
今まで長い年月を共に生きてきた歴史を垣間知ることのできた息吹は暮れて行く空にも気づかず、両膝を抱えて雪男と盛り上がっていた。


「雪ちゃんは主さまのことがすごく好きなんだね」


「おう!俺たちみんな主さまのことが大好きだぜ」


「…気色悪いことを言うな」


すらりと障子が開いて、縁側の方から出て来た主さまは欠伸をしながら、さりげなく息吹の隣に腰かけた。


「主さまおはよ。よく眠れた?」


「ああ。…お前は寝ていないようだが、大丈夫なのか」


目を合さずに山姫が運んできた酒入りの盃を口に運びながら問うて、息吹は大きく頷くとさらにぴったりと主さまに密着して座り直した。


「…何の真似だ」


「なんとなく。主さま、私にもちょうだい」


酒をねだると盃ごと息吹に渡して豪快に酒を呷り、主さまたちを唖然とさせると幸せそうな顔をして、空になった盃を主さまに返した。


「はいこれ」


「…」


「あんたはもうっ。そういえば主さま…そろそろ、あれの時期じゃないですか?」


――山姫が思い出したように“あれの時期”と口にした途端主さまが渋面を作り、何の話なのかわかっていない息吹は雪男の膝を突いた。


「“あれの時期”ってなに?」


「あー…、えーと…主さまから聞いた方が…」


話すつもりがないのかずっとそっぽを向いている主さまの膝を今度は突きまくり、そしてようやく少しだけ聞き出せた。


「数日留守にする。その間は晴明の屋敷へ戻れ」


「え…どこに行くの?百鬼夜行じゃなくて?」


「高千穂に用がある。それ以上は聞くな」


――山姫や雪男はその用とやらが何なのかを知っているようだったが、仲間外れをされた気分になった息吹はそれ以上追及せず、さっと立ち上がると…無言で部屋に引きこもった。


「みんなして何なの?!教えてくれたっていいじゃない!」


高千穂とはこれまた遠すぎる。

主さまほどの妖ならひとっ飛びかもしれないが、その間、離れてしまう――


「…馬鹿。主さまの馬鹿」


「今俺の文句を言ったか?」


2人の部屋を隔てている襖が開いて、仏頂面の主さまが部屋に入ってきた。
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