主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】
膨れっ面な表情の息吹が拗ねている原因が主さまにはわからず、少し距離を置いて座って腕を組んだ。


「何か言いたいことがあるならはっきりと言え」


「…別にっ。いいんです、父様のお屋敷に戻って父様とまた楽しく暮らしますから」


――他人行儀に敬語を使われてぴりっときた主さまは、長い腕を伸ばして息吹の細い右手を掴んだ。


「戻らせない、と言ったはずだぞ。お前は俺の食い物だ。勝手なことをするな」


「主さまは勝手なことをしてもいいの?高千穂に何をしに行くか位教えてくれたって…」


そこでようやく息吹が拗ねている原因がわかり、小さく可憐な唇が尖らせて伏し目がちになっている息吹の顎を取って上向かせると、にたりと笑った。


「鬼を封印しに行く。代々俺の家系で受け継がれてきた。100年に1度、必ず行かねばならない。わかったか?」


「…どの位お屋敷を留守にするの?」


「3日ほどだ。山姫を置いて行くからお前は一緒に…」


「やだ。父様のお屋敷に戻ります」


頑なに突っぱねてごねて、最終的にはきっと主さまと目を合せて胸元をきゅっと掴んだ。


「私も行きたい。連れてって」


「…残れ」


「やだ」


「じゃあひとつ教えてやる。封印してる鬼はな…夜な夜な不気味な笑い声を発して訪れる者を呪っているそうだ。“ここを出た時は食ってやる”ってな。どうだ、怖いだろう?」


「主さまだって私を食べるっていつも言うでしょ?」


急に昨晩の口づけが蘇って僅かに動揺した主さまは息吹の顎から手を離し、ししてあろうことか息吹が着物の襟もとをぐいっとはだけさせて、主さまが噛んだ噛み痕を見せつけた。


「唇とか…私の…か、身体とか…食べたいのなら連れて行って。でないともうここには戻って来ないから」


「………お前…俺に食われたいのか?」


「!」


――息吹の顔が真っ赤になった。


“食う”とはつまり…

その前に食う女を抱いて虜にして、その後自分に食われるために心も身体も開いた女を骨の髄まで食い尽くすこと――


息吹が…それを望んでいる、と?


「…本気か」


ならば今すぐにでも――
< 153 / 574 >

この作品をシェア

pagetop