主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】
「お前の娘をどうにかしろ」


いきなり屋敷に現れてそう言ってのけた主さまを見ずに屋敷の主は筆を走らせていた。


「なんの話だかまるでわからぬな」


「だから…お前の娘だ。どうせお前が俺に嫌がらせをしようと思って…」


「ふむ、そなたをいじめはしたいが私の差し金ではないな。息吹に何かされたのか?ちょっと具体的に話してみろ、茶くらい出すぞ」


庭の池の人魚から水をかけられていたずらされて睨みつつ、縁側に座り込むと天地盤の前に座り、様々な書物が散乱している部屋を見回して眉を潜めた。


「…また何かするつもりなのか?御所にはもう行かなくてもいいんだろう?」


「少々気にかかることがあるのだ。時に高千穂へはいつ行くのだ?星回りが良くないから勧められんぞ」


「…あれが…息吹が高千穂へ共に生きたいと駄々をこねている。明日にでも説得しに俺の屋敷へ来い」


「百鬼夜行の王が娘1人も説得できぬのか?私が言いふらしてもよいか?」


主さまを茶化しつつ、天地盤から目を離さない晴明の目は真剣そのもので、隣に座ると同じように天地盤を覗き込んで顎に手を添えた。



「…鬼八(きはち)に関わることか?」


「恐らくそうだな。封印が緩んでいるぞ。恨み辛みが募り募って高千穂の地に災いを呼んでいる。今すぐ行った方が良いが…息吹が問題なんだな?」


「そうだ。ついて行くと言って聞かない。それに……」



黙り込んだ主さまの顔が徐々に徐々に赤くなっていき、ようやく晴明の筆が止まって、顔を覗き込んだ。


「息吹から誘惑でもされたか?」


「!」


「ふふふ、さすが私の娘。親子とは似るものだな」


――晴明には何を隠しても無駄だというのは随分前からわかっている主さまは、息吹から噛まれた肩を晴明に見せて目を丸くさせることに成功した。


「噛まれたか。これは面白いぞ、まるで狸と狐の化かし合いだな」


「…俺が狸だと言いたいのか?」


くつくつと喉で笑いつつ、鬼八のことは晴明も主さまも危惧していたことなので、それにはちゃんと答えてやった。


「息吹は連れて行った方がいい。目を離した隙にまた狙われるかもわからぬからな」


何者かに――
< 156 / 574 >

この作品をシェア

pagetop