主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】
少し不機嫌顔の主さまの3歩後ろを歩いて庭先に戻ってきた息吹に、雪男が声をかけた。


「お前熱下がったのか?」


「うん、下がったみたい。雪ちゃん心配してくれてたの?ありがとう、雪ちゃん大好き」


「お、お、おうっ」


…小さな頃から息吹の教育係だった雪男を慕うのは仕方ないとしても…雪男は息吹のことを“女”として見ている。

庭で咲き誇っている花に水をやっている息吹を眩しそうに見ている雪男の隣に座った主さまは…


急に雪男の肩を抱いて引き寄せると、限りなく低い声で脅しをかけた。


「あれは俺の食い物だ。傷つけでもしたらお前を熱湯に浸してやるからな」


「だ、だって…好きなもんは仕方ないだろ。ちなみに主さまの“食う”ってどっちの意味だ?まあ…どっちにしろ反対なんだけど」


いつもは尻尾を巻いて逃げ出すくせに覚悟を決めたのか、顔を赤くしながら問い詰めてきて、


いらっときた主さまは雪男の鼻を思いきり指でつまんで叫び声を上げさせた。


「いだだだっ!」


「両方ともだ。食う前に抱く。いつもと同じだ」


「…そんなことさせらんねえよ。宣言しとくけど…俺、近いうちに息吹に告白するからな」


…告白?

自分もまだしてないのに?


「…勝手にしろ。あれがお前を選ぶとは思えないからな、好きにすればいい」


「ひでえっ。俺頑張るし。でも高千穂から帰ってくるまでは言うつもりないから。…もし息吹が俺を選んだらどうする?」


「“もしも”の話はしない。あれは俺が食う」


――にらみ合っていると、息吹が手桶から水を掬って自分と雪男にかけてきて自身の眉根を擦った。


「主さまと雪ちゃん、すっごく怖い顔してる。仲良くしてね」


「やったなこのやろ!」


「きゃーっ!」


縁側から腰を上げた雪男が逃げ回る息吹を追って視界から消え去り、

そんな子供じみたことは絶対にしない主さまは、鵜目姫と呼ばれたという息吹の言葉を思い返していた。


「鵜目姫、か。息吹が生まれ変わりだと…?また過ちを繰り返すか。何度蘇っても俺がまた封じてやる」


できれば自分の代で完全に鬼八を殺したい――


主さまの密かな願い。
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