主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】
こんなに黙っているのははじめてだった。


これ以上あの絵の女性のことを突っ込んで聞いてもきっと何も教えてはくれないであろう主さまと一緒に居るのは…苦痛だった。


「私…1人で乗れます」


「“一緒に乗って”と言っておきながらその態度はなんだ?」


主さまはなお振り向かずに拒否の姿勢を示している息吹の髪を引っ張った。


「…今、主さまと一緒に居たくないの。雪ちゃーん!」


待ってましたと言わんばかりに雪男が寄って来て優越心たっぷりに笑うと、主さまは息吹の耳元で低く囁いた。


「…覚えてろよ」


「…なんにも教えてくれないくせに」


言い返してきた息吹に言い返せないまま八咫烏から降り、

今度は雪男に前に乗ってもらうと着物の帯をしっかりと握って笑いかけた。


「これなら火傷しないでしょ?最初からこうすればよかったんだよね、雪ちゃんごめんね?」


「あ、お、おう。なあ息吹、宿に温泉があるんだ。俺は入れないけど外で見張っといてやるから入って来いよ」


「温泉っ?わあ、入ったことないの。楽しみっ!」


――仲睦まじい2人の会話に、とにかく息吹の近くに居たがる鵺や猫又といった妖が忍び笑いを漏らし、


主さまはますます不機嫌になった。


宿の女将との関係と、未だに懐に忍ばせて持ち歩いている女の絵――

両方とも匂わせただけで語らなかったことが逆効果になったのか、息吹はあれからちっとも目を合せようとはしない。


時々雪男の髪を引っ張ったり耳元で何か話しては笑い合ったり…


2人の仲を急接近させてしまって、宿に着いたらすぐにでも誤解を解こうと決めた時――


「ねえ、宿に着いたら雪ちゃんと一緒の部屋がいいな」


「え!?で、でも…俺と居ると寒くなるぞ?」


「お布団しっかり着るし今は暑いから大丈夫だよ」


「んー、どうしよっかなー、お前寝相悪いからなー」


「!どうして知ってるの!?」


「な、なんとなくそう思っただけ!仕方ないから一緒の部屋で寝てやるよ」


「雪ちゃんありがと!」


――息吹と同じ部屋など…冗談じゃない。


「駄目だ」


きっぱり告げた。
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