主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】
明け方なんとか高千穂にあるという宿に着いて庭先に下りるとその宿は立派な長屋の日本家屋で、
それまで主さまと一言も話をしていない息吹は目を擦りながら雪男の肩にもたれかかり、八咫烏から降りた。
「雪ちゃん…眠いよ…」
「もうちょっとだって。主さま、息吹が限界だから先に入ってるぜ」
「ふざけるな俺が息吹を連れて行く」
そこは互いに一歩も譲らずにらみ合っていると――
「主さま…もう着いたんだね」
「…絡新婦(じょろうぐも)か。今回も世話になる」
玄関の軒先に現れたのは、朱色の着物に金糸をふんだんに使用した派手な帯を着て、男物の濃紺の羽織を肩にかけた派手な顔つきの美貌の女だった。
絡新婦…
“女郎蜘蛛”とも呼ばれる蜘蛛の妖はその姿で人を惑わせ、男を食ってしまう。
唇の下には小さなほくろがあり、それが余計に絡新婦を妖艶に見せていて、親しげに主さまの腕に触れると背伸びをして顔を寄せた。
「今回はどの位長く居られるの?」
「いつも通り数日だ。俺の部屋は、あの女と一緒でいい」
「…人間の女?主さま…とち狂いでもしたのかい?まさか、主さまの女だとでも?」
絡新婦の瞳が一瞬ぎらりと光り、息吹が身を竦ませていると雪男が庇うようにして息吹の前に立った。
「あれは…俺が赤子の頃から育てていた娘だ。俺は父代わりだ」
「父代わりね。じゃあ今回は私が主さまの部屋を訪ねるわけにはいかないわね。…じゃあ今回は私の部屋へ来て」
「…」
――包み隠さずその会話を聞いていた息吹の瞳はすっかり冴えてしまい、雪男の腕に抱き着くと主さまの制止も聞かずに勝手に屋敷の中へと入った。
「どこへ行く」
「…私は主さまと同じ部屋はいやです。絡新婦さんと楽しんでくださいね、父様」
…“父様”と呼ばれて胸が抉れるような想いになり、
今まで“父様”と呼ばれたことなどなかったのにここぞとばかりにそう呼ばれて、唇を噛み締めた。
「あいつ…」
「主さま…今度こそあなたの真実の名を私に呼ばせて」
くっついて離れない絡新婦を突き飛ばし、冷たく言い放った。
「一生駄目だ」
それまで主さまと一言も話をしていない息吹は目を擦りながら雪男の肩にもたれかかり、八咫烏から降りた。
「雪ちゃん…眠いよ…」
「もうちょっとだって。主さま、息吹が限界だから先に入ってるぜ」
「ふざけるな俺が息吹を連れて行く」
そこは互いに一歩も譲らずにらみ合っていると――
「主さま…もう着いたんだね」
「…絡新婦(じょろうぐも)か。今回も世話になる」
玄関の軒先に現れたのは、朱色の着物に金糸をふんだんに使用した派手な帯を着て、男物の濃紺の羽織を肩にかけた派手な顔つきの美貌の女だった。
絡新婦…
“女郎蜘蛛”とも呼ばれる蜘蛛の妖はその姿で人を惑わせ、男を食ってしまう。
唇の下には小さなほくろがあり、それが余計に絡新婦を妖艶に見せていて、親しげに主さまの腕に触れると背伸びをして顔を寄せた。
「今回はどの位長く居られるの?」
「いつも通り数日だ。俺の部屋は、あの女と一緒でいい」
「…人間の女?主さま…とち狂いでもしたのかい?まさか、主さまの女だとでも?」
絡新婦の瞳が一瞬ぎらりと光り、息吹が身を竦ませていると雪男が庇うようにして息吹の前に立った。
「あれは…俺が赤子の頃から育てていた娘だ。俺は父代わりだ」
「父代わりね。じゃあ今回は私が主さまの部屋を訪ねるわけにはいかないわね。…じゃあ今回は私の部屋へ来て」
「…」
――包み隠さずその会話を聞いていた息吹の瞳はすっかり冴えてしまい、雪男の腕に抱き着くと主さまの制止も聞かずに勝手に屋敷の中へと入った。
「どこへ行く」
「…私は主さまと同じ部屋はいやです。絡新婦さんと楽しんでくださいね、父様」
…“父様”と呼ばれて胸が抉れるような想いになり、
今まで“父様”と呼ばれたことなどなかったのにここぞとばかりにそう呼ばれて、唇を噛み締めた。
「あいつ…」
「主さま…今度こそあなたの真実の名を私に呼ばせて」
くっついて離れない絡新婦を突き飛ばし、冷たく言い放った。
「一生駄目だ」