主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】
息吹と同室だと思い込んでいた主さまは、雪男の手を引っ張って消えて行った息吹にかなりむかむかしていた。


「俺の何が悪い?どうして雪男と一緒の部屋は良くて俺は駄目なんだ?」


このままでは誤解どころか嫌われてしまう。


それだけは絶対にいやで、

主さま専用の豪華な部屋に一旦入ったのだがまたすぐにそこを出て息吹と雪男の姿を探し求めて歩いていると…


「息吹なら外の温泉に向かってたにゃん」


「猫又か。1人だったんだろうな?」


「雪男と一緒だったにゃ。“見張りをする”って言ってたにゃ」


――雪男はもちろん温泉には入れない。

が、“見張り”と称して傍に居ることには間違いないだろう。


「あの餓鬼…ふざけるなよ」


ゆらりと殺気が噴き出した主さまから逃げるようにして猫又が走り去り、常に主さまの傍に居ようとする絡新婦が背後からため息交じりに声をかけた。


「主さま…本気なの?百鬼夜行の王があんな小娘1人に惑わされるなんて…」


「あれをどうにかしていいのは俺だけだ。お前…息吹に手を出すと…殺すぞ」


「あ、あんなに愛し合った私を殺せるのかい?!」


絡新婦が詰め寄って来たが、またもや主さまは冷たく言い放った。


「お前を愛したことはない。お前と俺…寂しさを身体で埋め合わせただけだろう?…あれは違う。あれは俺の……」


「私は…っ、いつかはあなたの妻になれると思って…っ」


「妻だと?お前ほどの女なら腐るほど居る。いいか、あれに手を出すなよ。…温泉に行って来る」


絡新婦がその場でわっと泣き崩れた。

慰めてほしいという思いがありありで、鼻を鳴らした主さまは絡新婦を放置して温泉へ続く三道を歩き、竹藪に囲まれている温泉の入り口の前で傘を差して日差しから身を守っている雪男の前で立ち止まった。


「ぬ、主さま…」


「熱湯を浴びせられたくなかったら退け。俺は本気だぞ」


主さまの身体からは未だに殺気が溢れていて、背筋が泡立った雪男の身体は勝手に半歩下がってしまい、悠々と竹藪の中へ消えて行く。


「ずるいぜ…」


妖の力量では主さまには遠く及ばない。


“男”として、勝たなければ――
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