主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】
息吹のむかむかは未だ治っておらず、10人ほどが入れる乳白色の温泉に入りながらばしゃばしゃとお湯を叩いていた。


「雪ちゃん居る?ちゃんと見張ってくれてる?」


もう朝になっていて、妖たちは天井裏や床下といった自分好みの場所で各々眠っている時間帯で、

雪男が“心配だから”と言ってくれたので見張りをしてもらっていたのだが…

さっきまで返事をしてくれていた雪男からの返答はなく、そわそわしてしまった息吹がざばっと音を立てて立ち上がると…


「っ!お、お前…身体を隠せ!」


「え…、きゃっ、主さま!?」


――背の高さまで伸びた草をかき分けながら姿を現わしたのは主さまで、

身体も隠さず呆然と立っていた息吹は主さまの真っ赤な顔を見て慌てて身体をお湯に沈めた。


「な、なにしに来たの!?」


「お、お前が怒っていたし、誤解を解かなければと思って来たんだ。…俺も入るからな」


「えっ!主さまも温泉に入るの!?」


「…あっち向いてろ」


――本気で一緒に温泉に入ろうとしているらしく、背を向けた息吹の耳には主さまが着物を脱いでいる音が聞こえてがちがちに緊張してしまった。


「誤解って…私は何も誤解してないもん」


「してるだろうが。だが分かっただろう?あの絵の女と絡新婦は別人だ」


「でも…絡新婦さんとはやらしい関係なんでしょ?私…いやなの。そんな手で触られたくないの。だから一緒の部屋はやだ。私のことはほっといて」


――つんつんとした態度で背を向けたままの息吹の肩を強めに掴んで振り向かせると、

胸の谷間が視界に入ってしまって集中できなくなりそうになりながら、顎を取って上向かせた。


「絡新婦とは確かに男女の仲だった。だからなんだ?言っておくが惚れてはいないぞ。俺が惚れているのは…」


「…あの絵の女の人でしょ?主さまは私に隠し事ばかりしてる。そういうの、いやなの。雪ちゃんはどこ?雪ちゃ…」


声を上げようとした時、主さまに手で口を塞がれてしまい、ぐいっと引き寄せられると、押し殺した声が鼓膜を震わせた。


「あの絵の女は…お前だ」


唇を塞がれた。

激しい口づけが、息吹を襲う。
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