主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】
正直言って、言われている意味がわからなかった。


あの絵の女の人は…私?

どう考えても似てない。

自分があんなに綺麗なわけがないのに――


「や、だ、主、さま…っ」


「お前は俺のものだと何度言わせるつもりだ?雪男と同室など許すものか」


――背中に口づけをして抱きしめてきた主さま…


「…肉付きは悪いが…今のお前なら食ってやってもいい」


――素直に“抱きたい”と言えばいいのに、ひねくれた性格の持ち主の主さまはそれを素直に言えなくて、

子供の時によくしていたように息吹を膝に乗せて間近で見つめ合うと、息吹が顔を逸らした。


「さ、触らないでって言ったでしょ!?」


「…今後お前しか触るつもりはない。それでいいだろう?」


――じゃあ、私が死んだ後は?

ねえ主さま…

ずっと私を覚えていてくれる?

私は絶対先に死んでしまうのに…

永遠に私以外の女の人に触れないって…言い切れる?


「息吹…?何故泣いて…」


「今も…私を食べたいと思う?」


「…だからなんだ?」


「私…恋も知らないまま死にたくない。死ぬ前に、誰かをすごく好きになって、幸せになってから…死にたいの」


――“俺を好きになればいい”


そう言いたいのにどうしても言えなくて、ぽろぽろと涙を零す息吹を抱きしめて、説き伏せた。



「お前…鏡を見たことがないのか?あの絵の女は俺の夢の中に出て来たお前だ」


「…どうして主さまはあの絵を大切にしていたの?…主さまは…私のことが…好きなの?」



そこで“そうだ”と言えばいいのに――

口から出た言葉は…


「ば、馬鹿が…自惚れるな!」


だった。


――だが息吹が泣き止むには十分な威力を発揮したらしく、

湯の熱さからではなく恥ずかしさで顔を赤くしている主さまの細く骨ばった肩に触れて、俯いた。


「主さまの傍には絡新婦さんが居ると思うから、私は雪ちゃんと一緒の部屋に居ます。雪ちゃんはすっごく優しいの。守ってくれるし、だから大丈夫」


…嫉妬で目の前が真っ赤になった。

が、口から出た言葉は…


「…勝手にしろ」

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