主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】
主さまが天叢雲を握ったまうずくまり、動かなくなった。

異変に気付いた晴明は部屋に飛び込んで主さまの身体に触れようとしたが、天叢雲の妖力が凄まじく、気を保っていなければ失神してしまいそうだった。


「十六夜…!」


今、主さまは天叢雲によって古代へと誘われているのだろう。


「十六夜…真実を目にして来い」


主さまの精神力を信じるしかない。


――主さまが目を開けると、目の前には両耳の横で髪を束ねている美豆良(みずら)姿の白い衣に袴を穿いた若い男が立っていた。


『して、華月とやら。鬼族の男がこの三毛入野命に何の用だ。事と次第によっては殺すぞ』


『…とある姫を救い出してもらいたい』


主さまはその声が内側から響いたので思わず叫びそうになって手で口を覆った。


今…自分は華月という鬼族の男になっている。

しかも華月からは冷徹でいて燃え上がるような嫉妬の感情が迸り、主さまをも焦がした。


『姫、だと?どこかの姫が捕らわれているのか?』


傍の池の前で片膝をついて三毛入野命を促すと、警戒しながらも同じように片膝をついた。


『これは…!なんと、美しい!』


『俺と同じ鬼族に捕らわれている。妻にすると言っていた。名は…鵜目姫』


三毛入野命は熱心に池に映った笑顔の鵜目姫に見惚れていた。


『なんと哀れな…!よし、俺が退治しに行ってやる。案内せよ』


『この男は…鬼八は剛腕で強靭な男だ。普通の刀で斬っても何度も蘇る。…これを』


華月の腕が伸びて、一振りの剣を三毛入野命に差し出した。


…天叢雲だ。


三毛入野命は天叢雲を受け取りながら内包する妖力に眉をしかめた。


『これは…ものすごい妖力だ…』


『鬼八を倒してくれたらその刀はやる。だが鵜目姫は…俺が貰い受ける』


『なんと理不尽な。まあ良いだろう、手助けは1度だけと思え』


『わかった』


約束を交わし合い、三毛入野命と別れると、華月がぼそりと呟いた。


『鬼八より先に俺と出会っていれば…』


鬼八への羨望…

鬼八への嫉妬…


渦巻き、主さまをも巨大な坩堝へと巻き込んでゆく――
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