主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】
その夜、華月はどこかへと足早に向かっていた。


『…鵜目姫』


『きゃ…っ』


里に咲き乱れる花畑の中では夜光虫が光り、花々の上に座っていた女の顔を美しく照らし出した。


…鵜目姫だ。


「……息吹にそっくりだ」


主さまがそう感じたのも仕方がない。


――ただ緊張に強張った声を上げて身を強張らせると、恐怖に引きつった顔でこちらを見ている。


…まるで息吹にそうされているような気分になった主さまは思わず目を逸らした。


『か、華月様…っ!どうしてここに…』


『また会いに来ると言った。…鬼八はどこへ?』


『乳ヶ岩屋にお戻りになられました。お願いです、もう来ないでください』


切迫した声を上げる鵜目姫。

また目を戻すと、華月の手は…鵜目姫の腕を掴んでいた。


『何を…っ』


『…何もしない。あなたは鬼八がどんな鬼なのか知っているのか?鬼八の外見と優しい言葉に惑わされているのでは?』


鵜目姫が目を見張った。


直後、甲高い音がしたと思ったら…華月は鵜目姫に頬を思いきり叩かれていた。


『…』


『鬼八様は心優しいお方です!あなたこそ鬼八様の幼馴染なのにどうして鬼八様のことを悪く言うのですか!?』


――惚れた姫に無下にされ、あまつさえ頬も叩かれた華月の内は…


鵜目姫にではなく、鬼八への憎悪に溢れ返り、主さまの感情をも蝕んでゆく。


「やめろ…華月、やめろ…!」


訴えかけても華月には届いておらず、

ますます鬼八への殺意を膨らませた華月は掴んだ手を離すと、顔を寄せて低く囁いた。


『俺があなたを救ってやる。鬼八がどんな奴だかを見せてやる。…また会いに来る』


『もう来ないで下さい!』


悲鳴のような非難の声が背中を叩いた。


華月は森の中へと入り、足早にねぐらへと戻りながらも、何度も何度も鬼八への憎悪を口にした。


『俺が救うんだ…。鬼八の真の姿を見せれば鵜目姫もわかってくれる。俺が、救うんだ…!』


妄執に捉われた華月。

美しき姫に捉われた華月。


息吹とよく似た鵜目姫からの非難は主さまに直接響き、頭痛を呼び起こした。
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