主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】
明日の夜、里を発つ――


ようやく鬼八と夫婦になれるのだという実感がわいて喜びを噛み締めながら里へと戻ると、

家の前には見知らぬ男が数人の伴を連れて立っていた。


『…?あの…どなたですか?』


『おお、あなたが鵜目姫か。池で見た姿よりももっと美しくて可憐だ』


同い年ほどのその男は朗々としていて自信に溢れており、

会ったこともないのにまるで見知っていたような口調だったので、近付いてくる男を警戒しながら見上げた。


『俺は三毛入野命。あなたに一目お会いしたく参上しました』


…名乗られても聞いたことのある名前ではない。

ますます警戒した鵜目姫は、戸口に出て心配そうにこちらを見ていた父親に駆け寄り、背中に隠れた。


『鵜目姫、あちらの方は…』


『知りません!私、中に居ます』


美しいと評判だった鵜目姫に求婚してくる男は数知れず、

三毛入野命もその男たちと同じだと判断した父親が腕まくりをしながら三毛入野命へと向かっていく中、鵜目姫は家の中へと駆けこんで戸を閉めた。


『どういう、こと…?』


どこで自分を知ったのか?

なぜ自分に会いに来たのか?

まさか…計画を知って…?


『そんな…そんなことがあるはずないわ…』


愛用の手鏡に顔を映しながら自身を励ました。

…鬼八は出会った当初から優しくて、とてお鬼族とは思えないほどにやわらかく笑う素敵な男だ。

掛け値なしで愛している、と胸を張って言える。


『弱音を吐いては駄目…。私は鬼八様と夫婦になるの。鬼八様と家庭を築いて、幸せになるの』


今までが不遇だったわけではない。

両親に愛され、兄弟に恵まれて慈しまれて育てられた。


それが幸せだと思っていたが、実際は違った。


『鬼八様…』


美しき鬼。

一目惚れ、だったと思う。


名を呼べばせつなく、狂おしく――

抱きしめられるとこのまま溶けてしまいたい、と思うほどに愛しく――


――鵜目姫は手鏡を置いて窓辺から三毛入野命を盗み見た。


一抹の不安がよぎる。

何か悪いものを連れてきたのでは、と不安がよぎり、目を逸らした。

< 229 / 574 >

この作品をシェア

pagetop