主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】
その日の夜、鵜目姫は結局一睡することも適わずに朝を迎えた。


…両親たちとこうして共に過ごすのも今日で最後。


そう思えば涙が出そうにもなったが、鬼八と出会ってからずっと…

あの鬼の妻となることが、最大の夢だったのだ。


『鵜目姫、元気がないけれど大丈夫か?』


『いえ…大丈夫です。お父様、今日は私がお背中をお流ししますね』


親孝行ができるのも今日で最後。

父親が嬉しそうに笑い、皆で朝食を摂った後鵜目姫はいつものように近くの花畑へ行って暖かな日差しを浴びながら花を摘んだ。


…華月が怖い。


何をしでかすかわからないあの男が――


鬼八とよく似た顔で迫られると少しどきっとしてしまったが、あの男に優しさは感じられなかった。


『鬼八様…何もないといいけれど…』


その鵜目姫の願いはもろくもその夜、崩れ去った。


――2階の自室で機を折っていると、にわかに外が騒がしくなった。

怒号や悲鳴が飛び交い、不安になって窓から外を見ると…

男たちが松明と刀を手に次々と森のある東の方向へと向かって行く。


『一体…何が…』


『鵜目姫、鬼が近くで出たようだ。お前は危ないからここに居なさい、いいね?』


父が部屋に駆け込んできたと思ったらそう言い残して慌てて外へと飛び出していき、

父の言う“鬼”が鬼八であっても華月であっても、人に見つかれば…殺されてしまう。


人と鬼は相いれない存在なのだ。

共存できないほどに、溝は深いのだ。



『鬼八様…お願い…っ、無事でいて…!』


『鵜目姫!』


『え…?』



階下からは母の悲鳴が聞こえ、部屋を飛び出して下を見下ろすと、


そこには肩を押さえながらこちらを見上げていた鬼八が居た。


『鬼八様!?』


『鵜目姫…行こう!どこからかあなたを里から連れ出す計画が漏れていたらしい。うぅ…っ』


『鬼八様!』


母や妹は鬼八に恐れ戦いて声を上げることもできない。

だが鵜目姫はなりふり構わず鬼八に駆け寄ると、思いきり抱きしめた。


『鵜目姫!?』


『お母様…さようなら』


別れを。

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