主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】
『里に着いたと思ったらいきなり囲まれたんだ』


鬼八に抱え上げられ、山林を駆けながらも鬼八が状況を説明してくれた。


…矢傷を受けた右肩が痛いはずなのに、ここから早く逃げ出すためにはこうして自分を抱えて逃げるのが最善の策だ。


自分の存在が…確実に、脚を引っ張っている。


『鬼八様…私を置いて行って下さい。肩の傷が…』


『これ位すぐに治るよ。鵜目姫、俺と約束を交わしただろう?あなたと俺はやっと夫婦になれるんだ!』


子供のように笑った鬼八が愛しくて首に抱き着くと、耳元で空気を切り裂くような音がしたと思ったら、それは近くの大木に突き刺さった。


…矢だ。


『見つけたぞ!鬼八と鵜目姫だ!』


『!あなたは…三毛入野命様!』


『三毛入野命…?』


鬼八が初耳だと言わんばかりに切れ長の瞳を細めて立ち止まった。

やはり自分たちの知り合いではない。

最初は鬼八と知り合いかと思っていたが、この反応だと初対面なのだろう。


大勢の伴を伴って現れた三毛入野命は無言のまま睨んでいる鬼八を頭からつま先まで舐めるように見ると、刀を抜いた。



『華月とうりふたつだな。貴様が鵜目姫を惑わせた鬼の鬼八だな。俺が成敗してくれる!』


『…華月……!?』



鬼八が想像もしなかった名前が三毛入野命から出たと思ったら、背後から現れたのは…



『鬼八』


『か、げつ…お前…何をして…』



驚きに見開かれた黒瞳――

ゆっくりと鵜目姫を下ろすと、まだ信じられないといったように何度も首を振って自身の仮説を否定しようとしていた。


『そんな…お前が俺たちの計画を…?』


『そうだ。鬼八、鵜目姫は置いて行ってもらう。お前の妻などになってしまえば不幸になるに決まっている』


『不幸になんかなりません!鬼八様、逃げましょう!ここから早く!』


三毛入野命は訳が分からないというように首を傾げたが、手にしていた松明を鬼八に向けて振ると言い放った。


『敵は鬼八!鵜目姫を救出せよ!』


怒号が山を震わせる。


そして、鬼八をも――

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