主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】
主さまと息吹が束の間小声で何か会話を交わしている間、晴明は席を外して台所に居た山姫を訪ねた。


「山姫」


「!な、なんだい、気配を殺してあたしの背後に立つんじゃないよ」


びくつかれてつい意地悪な笑みを浮かべてしまった晴明は、山姫の隣に立つと洗っていた皿を付近で拭いてやりながら注意した。


「何やら妙な輩がうろついているようだからしばらくは幽玄町をうろつかぬ方がいい。さもなければ消される可能性もある」


「消される?ここは主さまが治めてる町だよ。ここに出だしする奴なんか…」


「相当に力のある輩だ。手出しはしてこないとは思うが、用心しておいてほしい」


山姫が皿を洗い終えて一息ついた時…晴明は山姫の白魚のような手を握った。


元々からして完全に意識されていることは知っているので、案の定腕を振り払おうと強い反応を見せた山姫に口角の上がった晴明は人気がないのを確認すると、山姫の腰を抱いて腕の中に引き寄せた。



「な…っ」


「これからも口を酸っぱくして言うつもりだが…私の嫁になる気はないか?」


「ば、馬鹿晴明が!あんたなんかお呼びじゃないって言ってるだろ!」


「私は色男に育ったつもりだが、私の嫁になるべき女子はやはり才色兼備でなければ。まあ多少険はあるが、そなたはそれでいい。それが美しいのだ」



晴明の切り返しは素早く、腰を曲げて顔を近付けると山姫が顔を真っ赤にしながら海老反りになって遠ざかろうとしたが、晴明は有無を言わさず山姫の唇に唇を押し付けた。


抵抗は、一瞬だけ。

一瞬だけ胸を何度か叩かれたが、その後は腰が砕けたのか身体から力が抜けた。


「どうだ?これを毎日体験したくはないか?」


「…あ、あたしの夫になるにはあんたは色々足りないね!もう2度とこんなことするんじゃないよ!殺すよ!」


「精根吸い尽くされてか?それはそれで本望だと言っておこう」


含み笑いを残して晴明が去ると、山姫はへなへなとその場に座り込んだ。


…誰かと唇を重ねたのは久しぶりのこと。

主さまと同じく淡泊そうな顔をしてはいるが、実に情熱的な口づけで…可愛らしい抵抗しかできなかった自身を叱咤した。


「あの狐に騙されるな…騙されるんじゃないよ!」


そう言いつつ、次は何をされるのかと考えしまった山姫はしばらく台所から出て来なかった。
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