主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】
今にも崩れ落ちそうな平屋の中へ入ると、5畳程の畳の部屋には粗末な床に身を横たえた女性がこちらに気付いて身体を起こした。


「相模(さがみ)…?そちらのお嬢さんは…?」


「お母ちゃん…ごめん、俺脚くじいちゃって…働きに行けないんだ」


――よく観察してみると相模と呼ばれた男の子の着ている服も裾や袖がほつれて糸が出ていて、屋敷に戻ったら絶対直すんだと決めた息吹は深々と頭を下げた。


「ごめんなさい、私の乗っていた牛車のせいで相模が脚を…」


「そうなの…。どうにかなるわ、お気になさらずに」


「でもお母ちゃん…俺が働かないと食う物が…」


相模の母はいかにも病弱という感じの薄幸の美女で、少し眉が下がった困り顔が色っぽく、息吹は勝手に中へ上り込むと相模の母の傍らに座った。


「相模の脚が良くなるまで父様のお屋敷に滞在して下さい。でないと私の気が済まないから…。衣食住は私に任せて下さい」


「…ですが…」


「お願いします!いいですよね?すぐに準備しますからっ。相模、ちょっと待っててねっ」


「え、あの…」


息吹は脱兎のごとく牛車に戻ると、上空に飛んでいる白い鳥…晴明の式神に向けて手を振り、降りてきた式神が息吹の肩に留まった。


「主さまにお屋敷に行けないことを伝えてね。あと父様に離れの戸を開けてもらえるようにお願いしてほしいの」


式神が無言で平安町の屋敷へ飛び立つと、息吹はすぐに中へ戻って相模の母に背中を向けた。


「私の背中に乗って下さい。大丈夫、これでも力持ちですから。相模は先に牛車に乗っててね」


有無を言わさない息吹の強引さに断るに断れずにいる親子は一旦顔を見合わせると頷き、相模の母は息吹の背中におんぶされて小さな声で感謝の言葉を述べた。


「ありがとうございます…」


「ううん、私が悪いんです。幸いうちは部屋が余ってるし、2人暮らしですから人が増えると実は嬉しいの。不謹慎でごめんなさい」


申しわけなさで胸がいっぱいになりながらも牛車に乗り込むと動き出した。


相模の脚はますます腫れてきて、相模の母は具合が悪そうにして俯き、早く屋敷へ着いてほしいとひたすら願っていると牛車が止まり、御簾が上がって息吹はきょとんとした。


「あ…父様」


「式神が戻って来たから驚いたよ。とりあえず中へ」


相模親子、萎縮。
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