主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】
誰かが傍にいてくれる安心感からか、息吹は雪男の手を握ったまま眠りにつき、陽が暮れてそろそろ百鬼夜行の時間になったので留守を預かる雪男は後ろ髪引かれる思いで部屋を出た。


「帰るのか。おやおや、手が大変なことになっているが、どうした?」


「…なんでもねえよ。じゃあ俺帰るし」


庭側の縁側から屋敷を出ようとすると、まるで待ち構えていたかのように晴明が薬を作っていた最中に顔を上げて真っ赤になった手をからかった。


目に入れても痛くない愛娘の手を握ったなどひとつ口を滑らせてしまえば大惨事になるのは目に見えているので、黙ったまま通り過ぎようとすると――


「そなたの手を火傷させることのない女が息吹なのかい?」


「…んなわけないだろ、俺の手見たんじゃないのか?息吹は俺のこと…好きじゃないんだ」


「それを息吹のせいにするのはお門違いだねえ。どれ、見せてごらん」


結局全てを看破されていて、仕方なく晴明の前に腰を下ろして手を出した雪男の真っ白だったはずの右手が爛れた火傷のように腫れ上がっているのを見た晴明は、ひそりと笑いながら壺から塗り薬を取り出して雪男の手にぺたぺたと塗った。


「息吹は…その…やっぱり主さまを…」


「十六夜にしろそなたにしろ、なんでも私に聴けば答えが返ってくると思っているようだが、違うな。私は息吹の味方故、息吹の利になることしか口にはせぬ。己の口で問うてみるか、息吹の答えを待つかどちらかにした方が得策だな」


相変わらずの溺愛ぶりに口をへの字に曲げた雪男の手に丁寧に包帯を巻いた晴明の袖を雪男がぎゅっと握って身を乗り出した。


「息吹がまた危ない目に遭ってるんじゃないのか?お前や主さまが守ってくれるよな?そうだよな?」


「そこにそなたは加わってはいないのか?これからなるべく多くの味方が必要になる。百鬼にも何となしにそのように伝えておいてくれ」


――のんびりとした口調ではあるが、言葉尻にはいつものようなからかいの響きは含まれていない。

顔も微笑してはいるが、瞳は笑っていない。


雪男は1度息吹の部屋の方を見ると、そのまま何も言わずに屋敷から立ち去った。


…不安が消えない。

晴明も雪男も、そして主さまも。
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