主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】
目が覚めたのは、何かがことりと音を立てたからだ。


空海が夢に出てこなかったので、安心してゆっくり眠れたのはいつぶりだろうか…。


「誰…、主さま…?」


裏庭側の障子が開き、そこに立っている男の姿は逆光で誰だかわからない。

だがその男から香る匂いとふっと微笑した気配にそれが主さまだと確信して寝そべったまま枕を抱きしめて笑みを返した。


「主さま、百鬼夜行お疲れ様でした。もう朝なんだね…」


「…具合はどうだ」


「うん、ゆっくり眠れて気持ちいい。ねえ主さま…夜這いしに来たの?」


「な、なに?」


傍らに腰かけた主さまが言葉に詰まると、息吹は『源氏の物語』で繰り広げられる夜這い合戦を思い返して膝に置かれていた主さまの手を握った。


「殿方は好きな女子の部屋に忍び込んで思いを成就するの。主さまもそう?」


「…そんなことをすれば晴明に殺される。お前が俺を襲うならば話は別だが」


「え…そうなの?私が主さまを襲えば父様は主さまを殺さないの?絶対に?」


「…はあ?お、お前…俺を襲う気か」


「だって主さまを殺されたくないもん。主さま、ここ。ここに来て」


息吹がぽんぽんと床を叩くと、最高潮に緊張してしまった主さまはぎこちなく隣に移動してやや頬を赤くさせた。


「どうやって襲ったらいいの?主さま教えて」


「!そ、それはだな…それをまず脱がないことには…」


何故か息吹に情事の流れを説明する羽目になった主さまがどもりまくると、息吹がぷっと吹き出して主さまの頬を指で突いた。



「冗談だよ。私だって父様に怒られたくないし、1年待ってくれるんでしょ?」


「いや、誘われたからには今からお前を抱く。浴衣を脱げ」


「え!?ちょっと…やだ主さま、冗談…」



ぐっと顔を近付けた主さまに動揺した息吹が胸を押すと、主さまは底意地の悪い笑みを浮かべて息吹の鼻を摘んだ。


「冗談だ」


「び…びっくりしちゃった…。おかげさまで目が覚めました」


「まだ寝ていていい。顔を見に来ただけだ」


だが寂しそうな表情を浮かべた息吹に胸が痛み、胸に顔を押し付けさせてぎゅうっと抱きしめた。


――昼夜逆転の生活を息吹は送れるだろうか。

すれ違いの生活に慣れてくれるだろうか。


きりのない悩みだったが、悩まずにはいられない。
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