主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】
ひとしきり息吹と時を共に過ごした後、主さまは息吹から部屋を追い出された。


「早く帰って寝てね。百鬼夜行は主さまにしか行えないんだから、寝不足で締まらない顔をしてたらみんなから怒られるよ」


…それはごもっともな意見で、今は息吹に会いに行くことを皆が黙認してくれているが…いや、むしろ喜んでくれているが、百鬼夜行をおろそかにすると反発が生まれるだろう。

彼らは百鬼夜行に加われることに誇りを抱き、胸を張っているのだから。


「…俺と一緒に居たくないのか?」


独りごちながら晴明の部屋を訪ねてみると、そこには先方が居た。


「十六夜か、早いな。よもや夜這いに来たのでは…」


「…」


「あ…では私はもう戻ります。晴明様、お薬をありがとうございました」


気を利かせた萌が立ち上がり、すれ違い様にちらりと目が合うと、そそくさと部屋を出て行った。


「お前こそこんな早くにどうした?萌を襲っていたんじゃないのか?」


「馬鹿な。私には長年愛しく想っている女が居る。萌は薬を取りに来ただけだよ。…それで?私に何か用なのか?」


――ずっとずっと考えていたことがある。

息吹を妻にしたいとずっと思っていたが、ずっと頭を悩ませていた問題がひとつ、あった。


「茶化さず聴いてくれ。真剣な悩みだ」


「わかった。で?どうした?」


晴明がどんな反応をするか予想がつかなかったが…ずっと独りでその悩みを抱え込むには限界があり、主さまはひとつ大きく深呼吸をすると居住まいを正してまっすぐ晴明を見つめた。



「…息吹を妻にするのはやめようと思う」


「なに?…何故だ?あれほどに求めていたことだろう?」


「…息吹は人だ。俺は…老いて寿命で息吹が死んだ後、おかしくなるかもしれない。俺は…それが怖い。それ位ならいっそ、妻にするのはやめた方がいいと思った」


「所詮は我が身が可愛いか。そうと決まれば私にそなたを引き留める理由はない。息吹は道長に嫁がせよう。その準備を進めておく」



すぐさま行動に移ろうと腰を上げた晴明の直衣の袖を掴んだ主さまは射殺すような視線で晴明を睨みつけ、辺りには鬼火が飛び交った。

自分で決めたことなのに、息吹が自分以外の誰かに嫁ぐのは絶対に嫌だと思うし、耐えられない。


葛藤に葛藤を重ね、牙を剥いた。
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