主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】
だんだん陽が暮れてきて、主さまが帰らなければならない時間が近付いてくるにつれ、息吹は言葉少なになった。


不安なのもあるし、主さまに不安を吐き出したおかげで主さまのことをまたぐっと好きになったのもある。

主さまも陽が落ちて行く様を縁側から見上げながら、いつも以上に無口になった。


「主さま…尻尾と耳、消えちゃったね。明日も父様にお願いをして術をかけてもらおうかな」


「…やめろ。あんなものがついていたらお前がうるさくてかなわん。どうせまた俺を触りまくるつもりだろう?」


「当たり。だってすっごく可愛かったんだもん。じゃあ私に術をかけてもらおっかな。そしたら主さま触ってくれる?」


「な…、ふざけるな、誰が触るか。…もう行く。そろそろ戻らないと…」


「…うん。主さままた来てね。みんなにもよろしく言っておいて」


「わかった。…また早朝にでも押しかける。寝込みを襲われて文句を言うなよ」


「!うん…その時は父様に一緒に怒られようね」


冗談を真に受けて頬を赤く染めながら俯いた息吹に激しくときめいてしまった主さまはあたふたと立ち上がって庭に降りると、帯飾りにしている息吹の髪紐を揺らして見せた。


「…大切にする」


「うん、主さまがくれたのも大切にするね。ここに入れてるの。見たい?」


桃色の着物の胸元をぽんぽんと叩いた息吹にまた挑発されそうになった主さまは、崩れそうになる表情をなんとか引き締めつつ無言で階段を上がるように空を上って行った。


「…寂しいな」


ぽつりと呟いた時、入れ替わりのように屋敷の外で牛車が止まる音がしたので裸足のまま飛び出して行くと、晴明が中から出て来て息を切らした息吹を見て笑った。


「おや、どうしたんだい?裸足で出て来ると怪我をするよ、おいで」


「父様お帰りなさい。今ちょうど主さまが帰って行ったの。寂しかったから帰って来てくれて嬉しい」


晴明に抱き上げてもらった息吹が首に抱き着くと、晴明は背中を撫でてやりながら主さまの妖気が残る屋敷の中へと入った。


――…さぞ名残惜しかったことだろう。

2人が共に過ごす時は限られている。


「…次に生まれ変わる時は、一緒で在ればいいが…」


「え?なんて言ったの?」


「いや、独り言だよ」


願わずにはいられない。
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