主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】
『あなたは…誰なの…?』
『誰でも構わぬ。そなたは…なかなか良い。ふむ…とても良いな。これにしよう』
『え…?“これにする”って…何を…?』
『さらばだ、またすぐに会える。それまで身体を大切に』
『え?ちょ、どういう意味…』
見たことがあるような、ないような。
不可思議で、うっすら霧がかったような真っ白な世界にひとりぽつんと現れたその男…いや、女なのか…息吹には判別がつかなかったが、夢の中に現れたのは空海ではなく謎の人物で、一言二言言葉を交わすとすぐに消えて行った。
はっと目が覚めた息吹は全身汗に濡れていて、床から出ると障子を開けて外の空気を吸った。
…まだ真夜中だ。
身体にはどくどくという血が激しく駆け巡る音が絶え間なく響き、額に浮かぶ汗を拭うと台所へ行って顔を洗った。
頭痛も激しく、部屋に戻ろうとしてよろめくと、手が湯呑に触れて音を立てて割れた。
「私…私…」
「息吹?こんな夜中に何をしている……、どうした?また何かあったのか?」
音を聴きつけて駆けつけた晴明は、力なく座り込んで俯いている息吹を抱き上げると自分の部屋へ連れて行き、灯りを燈した。
息吹の顔は真っ青で、発熱しているのか異常に身体が熱い。
星回りが悪いことを最も懸念していた晴明はすぐに部屋の四隅に香を焚き、引き出しからもとより調合していた解熱薬を取り出した。
「これを飲みなさい。今宵は私が傍に居てあげるから、もう大丈夫だよ」
「父様…私…怖い…!」
「…大丈夫だ。私がついているのだから何も問題はない。そうだね?」
――絶対的な信頼を寄せている息吹は不安で吐き気を感じながらも頷き、重なった晴明の手を引っ張った。
「父様…一緒に寝て。独りじゃ怖いよ…お願い…」
「十六夜には秘密だよ。子守唄でも歌ってあげようか?」
隣に潜り込んできた晴明の身体にぎゅっと抱き着いて顔を伏せた息吹は未だあの得体の知れない謎の人物が頭にこびりついて離れず、震えていた。
…空海よりも、もっともっと怖い。
ずっと微笑していたが、ずっと品定めをするような瞳で自分を見ていた。
「父様…私って…なんなの…?私…大丈夫…?」
「…私や十六夜がついている」
何度も言い聞かせたが、息吹は朝方まで眠らずに震えていた。
『誰でも構わぬ。そなたは…なかなか良い。ふむ…とても良いな。これにしよう』
『え…?“これにする”って…何を…?』
『さらばだ、またすぐに会える。それまで身体を大切に』
『え?ちょ、どういう意味…』
見たことがあるような、ないような。
不可思議で、うっすら霧がかったような真っ白な世界にひとりぽつんと現れたその男…いや、女なのか…息吹には判別がつかなかったが、夢の中に現れたのは空海ではなく謎の人物で、一言二言言葉を交わすとすぐに消えて行った。
はっと目が覚めた息吹は全身汗に濡れていて、床から出ると障子を開けて外の空気を吸った。
…まだ真夜中だ。
身体にはどくどくという血が激しく駆け巡る音が絶え間なく響き、額に浮かぶ汗を拭うと台所へ行って顔を洗った。
頭痛も激しく、部屋に戻ろうとしてよろめくと、手が湯呑に触れて音を立てて割れた。
「私…私…」
「息吹?こんな夜中に何をしている……、どうした?また何かあったのか?」
音を聴きつけて駆けつけた晴明は、力なく座り込んで俯いている息吹を抱き上げると自分の部屋へ連れて行き、灯りを燈した。
息吹の顔は真っ青で、発熱しているのか異常に身体が熱い。
星回りが悪いことを最も懸念していた晴明はすぐに部屋の四隅に香を焚き、引き出しからもとより調合していた解熱薬を取り出した。
「これを飲みなさい。今宵は私が傍に居てあげるから、もう大丈夫だよ」
「父様…私…怖い…!」
「…大丈夫だ。私がついているのだから何も問題はない。そうだね?」
――絶対的な信頼を寄せている息吹は不安で吐き気を感じながらも頷き、重なった晴明の手を引っ張った。
「父様…一緒に寝て。独りじゃ怖いよ…お願い…」
「十六夜には秘密だよ。子守唄でも歌ってあげようか?」
隣に潜り込んできた晴明の身体にぎゅっと抱き着いて顔を伏せた息吹は未だあの得体の知れない謎の人物が頭にこびりついて離れず、震えていた。
…空海よりも、もっともっと怖い。
ずっと微笑していたが、ずっと品定めをするような瞳で自分を見ていた。
「父様…私って…なんなの…?私…大丈夫…?」
「…私や十六夜がついている」
何度も言い聞かせたが、息吹は朝方まで眠らずに震えていた。