主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】
結局熟睡できたのはほんのいっときのことで、ずっと手を握ってくれている晴明の大きな手に力を込めると、やんわりと握り返してくれた。


「父様…」


「少しは眠れたようで良かったよ。水を持ってきてあげるから待っていなさい」


晴明が部屋を出て行き、むくりと起き上がった息吹は全身が汗に濡れているのが気持ち悪くて着替えをと思って立ち上がろうとしたが、床の脇に綺麗に畳まれた白い浴衣が置いてあることに気付いてそれに手を伸ばした。


「ありがとう、父様」


肌にはりつく浴衣を脱いで着替えようとした時、机の上に手鏡が置いてあることに気付いた。

もう明け方だし、百鬼夜行の帰りに主さまがここに来るかもしれない。

ひどい顔をしているだろうから主さまには見られたくない――

女心が働いて、着替えよりも先に手鏡を取ってそれを覗き込むと…


「きゃぁ…っ!」


――金色に光る瞳と、目が合った。


いや、これは…自分の瞳だ。


炯々爛々と光る金色の瞳はおよそ人のものではなく、息吹は手鏡を襖に投げてがたがた身体を震わせた。


「私…どうしちゃったの…?今の…本当に私…?」


「息吹?!…鏡が落ちているが…どうしたんだい?」


「…」


両手で顔を覆って俯いている息吹は上半身が裸同然で、晴明は水を脇に置いて新しい浴衣を息吹に着せながら優しく問いかけた。


「父様に話してごらん。秘密事は禁止だよ」


「…父様…私の顔を見て」


「?いつもと変わらず可愛いが、それがどうした?」


顔を上げた息吹を見つめた晴明はいつもと変わらない息吹にそう返したが、息吹は投げた手鏡を拾って恐る恐ると言う態で覗き込んだ。


「さっき…さっき金色に光ったの!私の目が…父様、本当なの!」


「金色に…?息吹、落ち着きなさい。さあ、ちゃんと呼吸をして」


過呼吸になって荒い息を吐く息吹の呼吸を整えてやりながら、晴明はその息吹の言葉を訝しんだ。


…この勢いでは息吹は壊れてしまう。

ただでさえ眠るのを怖がっていたのだから、今夜からは夢を見ないように術をかけ、さらに薬を盛って眠らせなければ、身体と精神の均衡が保てずに、息吹は呆気なく…


「このことは十六夜や百鬼たちと相談する。私たちにとってこれ以上の心配事はないのだから」


大切な姫を失うわけにはいかない。
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