主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】
明け方に百鬼夜行を終えた主さまは、真っ先に晴明の屋敷へ向かって息吹に会いに行った。


会いに行ったのに…

息吹の部屋の前には厳重で頑丈な結界が張ってあり、襖に触れると火花を散らして主さまの指先を焦がした。


「…これは何だ?」


襖にも何枚かの札が張られてあり、眉をひそめていると…


「十六夜」


「…晴明…これは一体…」


「空海がまた何か仕出かした。…息吹に会いたいか?」


「…そうだと言ったら?」


「まあそう警戒するな。中へ入れてやる」


いつも涼しげな晴明の表情はやや疲れを見せており、何事か口の中で唱えた晴明が襖に触れるといとも簡単に開き、主さまは少しずつ見えた息吹を見て言葉を失った。


「息吹…なんだこれは…」


「結界だよ。万能なものを使用してみたが、やはりかけられた術が何であるかがわからぬ故これ以上の対策のしようがない。だがこれで大概の術は効力が弱まるはずだ」


――部屋の中心で床で青白い顔で眠っている息吹の身体を中心に数珠が十字になって天井に張り巡らされ、大量の札がその数珠からぶら下がり、息吹の部屋は異様な光景になっていた。

晴明はどこかへ出かけるつもりなのか直衣姿で、主さまの肩を強く握った。


「百鬼の力を借りたい。そなたもだが、そなたより年季の入った妖が大勢居るだろう?彼らから知恵を借りたい」


「…だが…息吹が…」


「妖は入って来れぬ。空海は道長が見張っているからここへは来れぬし結界もある。この数珠は私が明け方まで一粒ずつ術を籠めたものだから、容易に破られはしない」


「一粒ずつ…」


途方もない作業だったに違いない。

だが晴明は重たいであろう身体を引きずることもなく息吹に近寄ろうとする主さまの手を引いて部屋から連れ出すと、また結界を張り直した。


「幽玄町へ行こう。時間が惜しい…このままでは人としての寿命ではなく、数日で息吹は死ぬぞ」


「…!」


張り手を食らわされたような顔で瞳に力がこもった主さまと共に晴明の屋敷を出た主さまは、慌ただしく出て行く様子を離れから見ていた相模に気付いていたが、それどころではなかった。


…まだ駄目だ。

まだ離れて行くな。

まだ死なないでくれ、と祈りながら、幽玄町へと戻った。
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