主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】
離れの部屋に戻った相模は、萌が蒲団を畳んでいるのを見て慌てて声をかけた。


「お母ちゃん?まだ具合が良くないんだから横に…」


「相模…これ以上晴明様たちに迷惑をかけてはいけないわ。私たちは…ここを出た方がいいの。さあ、あなたも支度をして」


「でも…」


「私たちがここへ来てから晴明様たちに良くないことが起こっているの。きっと私たちを庇って下さっているのよ。だから…離れなければ」


萌の顔色は良くなく、相模の脚は普通に歩ける程度にはなったが、またあのあばら家に戻ってしまえば体調は悪化してしまうだろう。

だからこそ相模は必死になって止めたのだが萌は頑として聞き入れず、相模の手を引っ張って離れから出た。


「あれ…?あの人は…晴明様の知り合いだ…」


ややふらつきながら庭を歩いていた道長を見止めた相模は、晴明から“息吹の部屋に入るな”と言われていたので道長を呼び止めた。


「あの…息吹は体調が悪いから部屋には…」


「…軽々しく息吹を呼び捨てにするな」


「え?うぅ…っ!」


腹に重たい一撃を食らわされて相模を気絶させた道長は、虚ろな瞳で今度は萌を見つめた。


「お前も…こうなりたいか…?」


「…!相模…相模!」


様子のおかしい道長が怖かったが、倒れ込んだ相模に必死に声をかけても目は覚まさず、方向転換をした道長はまるで酒に酔ったかのような足取りで屋敷の中へと入った。


――人の道長は晴明が張った退魔の結界の影響を受けない。

空海はそれを知っていて道長を惑わせて術にかけたのだ。

純真でまっすぐな気性の者は簡単に術の影響を受けやすい。


「息吹…」


何の躊躇もなく襖に手をかけて開け放った。

中央で横になっている息吹は晴明の術によって眠らされており、部屋中に張り巡らされた数珠と札を破りながら前進した道長は、息吹を抱き起して頬を撫でた。


「俺が幸せにしてやる。妖の妻になどさせるものか。俺が…俺こそが息吹の夫に相応しいんだ」


その頃萌は、いつも晴明が表に停めている無人の牛車に相模を抱いて乗り込んだ。


「お願い!走って!朝廷まで…一条天皇の所まで!」


…もう逃げるのは、やめよう。

そうすればきっと、全てが元通りになると信じて――
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