主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】
「む?牛車が…」


空を駆けて屋敷へと戻っている最中、晴明が空中で脚を止めた。

何かの用心のためにといつも停めている牛車が動き出したのだ。


「まさか…息吹が…?」


深い眠りにつくように術をかけてあったはずなので、息吹が乗っているはずがない。

だが牛車は走り出し、まっすぐ朝廷へと向かっていた。


「十六夜、別れよう。私は牛車の跡を追う」


「わかった。息吹は俺に任せろ」


主さまと別れた晴明は、急いで跡を居ったのだが、無人の牛車は通常のものよりも速く走るため、あと1歩のところで間に合わずに、何者かを乗せた牛車は朝廷の中へと入ってしまった。

気配を押し殺して様子を見ていた晴明は、その牛車から出て来た萌と、その腕に抱かれている相模を見て息を詰まらせた。


「何だ…?何が起こっている…?」


だが元々は帝の元に2人を連れて行こうとしていたので、結果的には問題ないが…


まずは庭に作られた護摩壇と、護摩壇を包囲するように敷き詰められた数珠玉に注目した晴明は、そこに座す法衣姿の空海を見つけて瞳を細めた。


「何をする気だ…?」


聴こえるはずのない呟きだったが、空海がこちらを見上げて…笑った。


無邪気なその笑みに逆に鳥肌が立った晴明はその場から去ろうとしたが、知らせを聴いて建物から飛び出してきた一条天皇が萌を力強く抱きしめたのを見て、少しだけ救われた思いになった。


「あちらの件は解決したが…問題はこの坊主だな。もう許さぬぞ。私の愛娘を狙った罪と罰、そして報いを受けてもらおう」


――そして晴明の屋敷へ着いた主さまは一目散に息吹の部屋へ向かい、力ずくで結界を破るつもりでいたが…すでに結界は破られた後だった。


「…!?息吹…?息吹はどこに…」


屋敷中と裏庭の竹林も捜したが息吹は見つからず、怒りが込み上げてきた主さまは周囲に鬼火を飛ばしながらまた屋敷へ戻り、床に落ちていた髪紐を拾った。


「これは…俺の…」


「十六夜」


「!晴明…息吹が…」


「…連れ去られたか。だが朝廷で見かけなかったぞ。どこへ…」


2人が動揺して戸惑っていた時、道長は息吹を抱えて馬に乗り、死角の多い道を端って晴明たちの目を搔い潜りながら朝廷へと向かっていた。
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