主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】
息吹が道長に連れ去られ、晴明たちが屋敷を出て朝廷へ向かおうとした時…そこにどこに隠れていたのか、赤子を腕に抱いた銀がひょっこり現れた。


「銀…!貴様何をして…」


「この子が泣かないように隠れていた。十六夜よ、息吹を連れ去ったのは道長だ。あの瞳は何者かに術をかけられた様子だった。足元もぎこちなく、己の意志ではないようだったぞ」


「操られたか。間違いなく空海だな」


「生臭坊主が…!俺のものに手を出すとどうなるか知らしめてやる…!」


普段は冷静沈着な主さまだが、息吹が関わると殊更すぐ短気になる。

今にも朝廷へ乗り込んで行きかねない様子の主さまの肩を強く掴んだ晴明は、主さまとは対照的に微笑を浮かべて縁側にどっしりと腰かけた。


「まあ待とうではないか。そなたの百鬼の力が必要になる故夜を待たねばならぬ。私にも準備がある。それまで待つのだ。よいな?」


「待てるか!息吹が危ない目に遭っているのにお前は…っ」


「護摩壇に座してはいたが、阿闍梨共は到着して間もなかったし何かしらの術も完成せず、息吹もまだ届いていなかった。小難しい術を使おうとしているようだったからあちらの術が完成するのも夜に間違いない。そのように荒ぶってはそなたの実力も出せまいぞ。また天叢雲に役に立ってもらわねばならぬ」


――鬼八の時に力を解放し、封印せずに持ち歩くようになった天叢雲が鞘鳴りをして主さまの手に振動を響かせた。


『我を抜くか。暴れたい。早く抜け』


「お前が斬るのは坊主だけだ。俺がお前を所持している間は勝手に暴れたりはさせない。…何故息吹が狙われるかお前は知らないか?」


藁をも縋る想いで問うてみると、天叢雲はしばらく沈黙した後くぐもった低い笑い声を発した。


『天孫降臨』


「…なんだと?」


『読んで字の如く。行ってみればわかる』


結局もやもやさせられる羽目になった主さまが縁側に天叢雲を放り出して横になり、銀はその隣に座ると赤子をあやしながら主さまを見つめた。


「俺も行く。そもそもあいつをこの国に戻らせたのは半分は俺の責任だからな」


「…勝手にしろ」


「あとひとつ、頼みがある」


「…なんだ」


銀は赤子を脇において居住まいを正し、主さまに頭を下げた。


「俺を百鬼に入れてくれ」


主さまは目を見張り、身体を起こした。
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