主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】
その日の夕刻…


平安町は静まり返り、普段は人がひしめいて盛り上がっている商店街にも人ひとり歩かず閑散としていた。


そこをひたりひたりと歩く者たちが居る。


百鬼夜行の妖たちが、空ではなく平安町を歩いているのだ。


「坊主を殺して息吹を取り戻そう!」


「大暴れだ!坊主たちは全員食ってしまおう!」


「そうだそうだ!息吹を取り戻せ!」


――平安町の人間からすれば、魑魅魍魎が街を練り歩いているのだから外に出られるはずがない。


“百鬼夜行に出会うと死んでしまう”


その噂を固く信じている信心深い人々は、布団を被って怒号と足音が響くこの恐怖に耐えるしかない。


「おお、来たな」


無地の白の狩衣姿に、手に複雑な形で数珠を巻きつけた晴明が瞑想を終えて瞳を開けると、同じように集中力を高めていた主さまと銀はいつもと違う雰囲気で、ぞろぞろ庭に入ってきた百鬼たちはごくりと喉を鳴らした。


「騒ぐな。俺から話がある」


ぴたりと声が止み、その百鬼たちの中には雪男や山姫の姿もあり、主さまは帯飾りにしている息吹の髪紐に触れながら口を開いた。


「殺すのは坊主…空海だけだ。朝廷の人間共に手は出すな。ただし向かって来る者には攻撃してもいいが致命傷は負わせるな。誰ひとりとして百鬼から欠けるな。わかったか」


「おう!息吹ばっかり狙われてあの子が可哀そうだ!取り戻すぞ!」


「取り戻す!」


一致団結とはまさにこの時で、主さまの瞳にはすでに青白い炎が燈り、揺れている。


百鬼が太鼓を叩き、笛を吹き、まるで祭囃子のように楽器を吹き鳴らす中、晴明は銀から赤子を受け取った山姫の手を掴んだ。



「な、なんだい!?早く行きなよ、この子はあたしが預かっておく」


「無事に戻って来たら、そなたを妻にする。よいな?」


「!?あ、あんたなにを言って…あんたらこっちを見るんじゃないよ!」



百鬼の前で堂々と求婚をした晴明を囃し立てて騒ぐ百鬼に一喝を飛ばした山姫だったが、いかんせん顔が真っ赤で迫力が無い。


晴明はやわらかい笑みを浮かべたまま、瞳を丸くしている主さまにも許可を請うた。


「よいな?」


「好きにしろ」


主さまの即答にまた歓声が爆発して、山姫の頭から湯気が出た。
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