主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】
わいのわいのと百鬼たちが騒ぐ中、屋敷に入ってきてからずっと黙っている男が居ることに気付いていた。


「雪男」


「…主さま…」


真っ白な着物姿によく映える青い髪と青い瞳の雪男は唇を噛み締めて主さまの前に立ち、ひんやりとした手で主さまの手をぎゅっと握った。


「絶対息吹を救い出すから。俺の命に懸けても」


「…命など懸けるな。俺の話を聴いていなかったのか?百鬼はひとりでも欠けるな。お前たちは俺の身体の一部でもある。お前たちが痛い目に遭ったら俺も痛くなる」


「主さま…!俺感動した…!」


「主さま俺たちに任せてくれ!俺たちは百鬼としての誇りを持って行動するし、息吹は無傷で救ってみせる!」


普段は百鬼への想いを語ることのない主さまが彼らを案じる言葉を発したことで、百鬼は一層盛り上がった。


「力を解放しろ。お前たちがお前たち自身で縛った鎖を解き、解き放て」


また最近息吹を見かけていないこともあり、いつも息吹と遊んでいた鵺や猫又といった獣系の妖は一層息吹を恋しがり、最初は乗れる程度の大きさだったものがどんどん身体が大きくなり、小さな家一軒分ほどの大きさへと変じた。


――主さまと百鬼の契約を交わせるほどの大妖である彼らは、幽玄町に住み、むやみに人を食わぬと誓ったその日から自ら力を封印して生きてきた。

“いつか必ず封じた力が役に立つ日が来る”と主さまに諭され、悟り、とても弱いけれど美味しくて忘れられない味のする人を食わずに生きてきて、仲間に恵まれて…


ひとりでは抑制できない欲望でも、全員が同じ抑制をかけてその禁を破らぬと誓い合ったことで絆は深まり、百鬼は完成する。


主さまの百鬼は、完全に完成していた。


「解!」


「解!!」


あちこちで自らの力を戒めている鎖を解く声が飛び交い、晴明の屋敷の庭には禍々しいほどの妖気が満ちて、空には紫色の気味の悪い雲が立ち込めた。


いつもは山や海に居る妖や、轆轤首(ろくろくび)や山姥、鎌鼬や鉄鼠(てっそ)など息吹の遊び相手になってくれた妖までが全員力を解放し、主さまは百鬼たちを満足げに眺めて腰を上げた。


「行くぞ」


雪男がまた唇を噛み締めて、母の雪女に頭を下げた。


「ごめん、母さん」


何に対して謝ったのか――

雪女も主さまも、この時はまだその言葉の意味を理解できていなかった。
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