主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】
百鬼夜行が空を駆け降りて庭に下り立つと、庭に敷き詰めた妖封じの数珠玉があちこちで爆発して閃光を発した。


通常の弱い妖ならばそれで十分効果があるが、今回は主さまの百鬼夜行が相手で、彼らにしてみたら脚がちくっとした程度に過ぎない。

むしろ小賢しい小細工を仕掛けられて激高し、虚ろな瞳をした阿闍梨たちに襲い掛かった。


「息吹はすぐそこだ!坊主共め、俺たちの息吹を返せ!」


「殺してえけど主さまの命令だから我慢するが、瀕死にして地面に這いつくばらせてやる!行けーっ!」


大小様々で、中には七変化をする大妖が多く含まれる百鬼はわらわらと阿闍梨に群がって取り囲み、あちこちから悲鳴が響き渡った。


結界を張られた建物の中でその地獄絵図のような光景を固唾を呑んで見守っていた一条天皇と相模は、彼らにとって息吹という人間の女の存在がどれほど大切なものか思い知らされて唇を震わせた。


「妖が人を救いに来るなど…考えられぬ」


「息吹は…特別なんだ。妖を怖がらないし、主さまって奴は息吹をすごく大切にしてた。妖って…悪い奴らだけじゃないんだな」


空を見上げると、そこにはまだ主さまと晴明と銀が残っていた。

彼らが醸し出している妖気は他の百鬼とは比べ物にならず、額に角が生えた主さまはぞっとするほど無表情で、静かに怒っているのが見て取れた。


「十六夜、行かぬのか?そなたの恋敵は大活躍しているようだが」


「…あいつはあまり百鬼夜行に連れて行ったことがない。俺が不在の間を任せていられるのは雪男と山姫だけだ。死んでもらっては困る」


「それを雪男に言ってやれば泣いて喜ぶぞ。見ろあの働きぶりを」


あちこちで氷の花が咲き、阿闍梨たちが凍り付く。


氷でできた刀を手にし、凍てつく息を吹きかけて凍らせ、百鬼の中でも最も戦果を上げていた。

だが主さまには何かが引っかかっていて、息吹から目を離さずに銀を呼び寄せた。


「あいつの様子が気にかかる。傍に行って様子を窺ってこい」


「わかった。俺の爪と牙、存分に振るってこよう」


銀が地上へ降りて行くと、晴明が複雑な印を結んで瞳を閉じた。


「そなたの出番はもうすぐ来る。私がそれまでの間、空海の術を邪魔してやる。私の娘に手を出した罰を報いてもらおう」


またひとつ、氷の花が咲いた。
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