主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】
乱戦になり、阿闍梨が術を使えば百鬼は爪や牙を使って反撃してあちこちで悲鳴が飛び交った。


その悲鳴を縫うように息吹の傍にじわじわと近寄りつつあった雪男は、空海が瞳を閉じて何やら息吹に術をかけようとしているのを見て護摩壇に触れようとしたのだが――


「つ…っ!」


「それに触れるな。強力な結界がかけられている」


「…銀…」


かつて主さまと犬猿の仲にあった銀からは百鬼同士にしかわからない匂いを感じて向かってくる阿闍梨を地に這いつくばらせながら問うた。


「百鬼に加わったのか。どうせ下心があるんだろ」


「百鬼に加われば十六夜に反抗できないのは知っているだろう?俺は俺の目的があって考えた末に百鬼に加わったんだ。邪なものじゃない」


「へえ、別にどうでもいいけど。それよかすぐそこに息吹が居るんだ。どうにもならないのか?」


逼迫した声で燃え盛る炎の前に横たわっている息吹を見つめる雪男の腕を掴んでそこから遠ざけさせた銀は、掌で軽く雪男の頬を何度か叩いた。


「火に近づくな。溶けてしまうぞ」


「…俺のことはどうだっていいんだ。息吹は何をされようとしてるんだよ。息吹に何かあったらどうするんだよ。主さまは何してるんだよ!」


まだ上空で待機している主さまを見上げて唇を噛み締めた雪男を、さらに護摩壇の炎から遠ざけさせながら阿闍梨の腕を鋭い爪で引き裂いた銀は、肩を竦めて笑った。


「先陣切って突っ込みたいはずだが、耐えている。俺たちが雑魚を削れば十六夜が空海を倒すためにここに降りて来る。息吹を弱らせ、さらに攫った男を十六夜が許すと思うか?」


「…」


「お前のことを誉めていた。“留守を任せられるのは雪男しか居ない”と言っていた。だからお前は必ず死ぬな。いいか、炎に近づくんじゃない。百鬼と言えどお前の性質は氷。跡形もなく溶けてしまえば元に戻れなくなる」


――遠目になってしまった息吹を見つめた雪男は、まるで死んだかのように全く動かない息吹を見てぞっとした。

生きているのに、死んでいるように見える。

人がどれだけ儚い生き物なのか、雪男は身をもって知っている。


…父がそうだったから。

病で呆気なく死んだ父もまた人間で、あの時どれだけ母と2人で悲しんで泣いたことか――


「息吹…絶対助けてやるからな」


覚悟を決めていた。
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