主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】
さっきまで――確かに“息吹”だったのに。


『我を、舐めるな…!貴様を殺して…、我がこの娘の身体を、手に入れるのだ…!』


「うあぁ……っ!」


「十六夜!」


地に倒れ伏した主さまの腹に空いた大穴から大量の出血が始まり、みるみる血の気が引いてゆく主さまを見た百鬼たちは悲鳴を上げた。


「主さまぁーーーっ!」


「来る、な…っ!」


――せっかく…せっかく息吹が人ではないとわかったのに…


人より少し長生きしてくれるだけでも十分…幸せだと思っていたのに…



「俺が…先に…逝くのか…」


『後でこの娘も貴様の元に送ってやる。くくっ、妖の主を失った妖怪共はどうなるだろうな?あの坊主の願いどおり、我が根絶やしにしてやるとしようか』



阿修羅が息吹の身体を通して語る憎悪にまみれた声色は、身体から力が抜けていきながらも主さまを激高させた。



…生きなければならない。

息吹が阿修羅に呑まれて消えてゆくならば…後を追えばいいだけのこと。

どのみちこの身体はもう…長くはない。


「ぐ、ぅ…っ!」


「十六夜!」


晴明の叫び声が聴こえた。

主さまは穴の開いた腹に自らの手を突っ込み、血に染まり返りながらも掌から熱を生みだして、傷口を焼いた。

すると出血は止まったが…流れていった血は大量で、晴明が術を吹き込んだ札を主さまの足元に飛ばした。



「十六夜、それを腹に貼れ!少しは痛みが引く!」


「晴明…俺はもう、駄目だ。だが息吹が戻って来てくれると…信じている。俺は…諦めない…!」



赤銅色の瞳を爛々と輝かせて、主さまがどんな攻撃をしてくるのか待ち構えていた息吹…いや、阿修羅は、いつでも力を放てるように指を動かしながら立ち上がろうとする主さまを見下ろしていた。


『そんなにこの娘が大切か』


「俺の…妻になる女だ…。貴様のような下賤な悪鬼に穢されていい女じゃないぞ…!」


『ふん。もうこの娘の意識は無い。我が完全に乗っ取った。貴様はゆるゆると死にゆくだけだ』


がくがくと震える脚を叱咤しながらもなんとか立ち上がった。

終始荒い息を吐き、痛みに気が遠くなりながらも無表情で見下ろしてくる息吹の手を掴んだ。



「息吹…愛している」


『…!』



ありったけの力で、抱きしめた。


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