主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】
息吹に降臨した木花咲耶姫が手を振ると、屋内を蹂躙していた炎が一斉に消えた。


そうしながら主さまを抱き起して頭を胸に抱き、何度も愛しげに身体を撫でて息を吹きかけた。



『さあ…戻って来い…。娘は死んではおらぬぞ…。だからそなたは死んではならぬ。さあ…』


「………ぅ…」


「!十六夜!」



いつの間にか腹に空いていた大穴が綺麗に消えていた。

そして主さまの睫毛が震え、ゆっくりと黒瞳が見えた。



「……息吹…?」


『力を使い果たして眠っておる。妾もまだ眠っていたい。妾の存在がこの娘の母を苦しめて橋に捨てさせる羽目になった。この娘は清くて美しい。じゃから妾はまた眠る。妾を再び眠りから起こさぬよう、そなたが守っておやり』


「………俺を…助けてくれたのか…」


『この娘の悲鳴が阿修羅を引き裂いた。そなたの死によってこの娘の力が覚醒し、妾が目覚めた。この娘…そなたと同じく永く生きる者になったぞ』



なんとか自力で身体を起こした主さまは、やんわりと微笑んでいる木花咲耶姫をまじまじと見つめた後、傷ひとつ残っていない腹に目を遣って木花咲耶姫の肩を揺さぶった。


「息吹を…息吹を返してくれ!眠っているだけなんだな?息吹は…息吹は…」


『直に目覚める。そこな陰陽師よ』


「はい」


深々と頭を下げた晴明に声をかけた木花咲耶姫は、手を胸にあてて瞳を閉じた。



『妾は妾自身によって眠りにつくが、この娘の身体に封をしてほしい。妾の存在は…十分この娘と母を傷つけた。生まれ落ちたその瞬間から人語を介した妾を見て悲鳴を上げて泣き叫んだ。妾はもう…この娘を苦しめとうない。頼んだぞ』


「はい。これより後封を施します。あなた様が去った後に」


『それで良い。妾はもう眠る。妾が再び起きぬよう、皆で守っておやり。百鬼夜行の王よ、この娘を幸せにしてやっておくれ』


「……ああ、わかっている」



花開くようにふわりと笑った息吹の身体から力が抜けて倒れ込みそうになったのを主さまが抱き寄せて受け止めた。


「息吹!しっかりし…ろ…」


「十六夜…傷が癒えたとはいえそなたも弱っている。後は私に任せてくれ」


息吹を抱きしめたまま動かなくなった主さまの身体を晴明が受け止めた。


――戦いは、終わったのだ。

ようやく…ようやく。
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