主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】
以前商店街を訪れた時は暴漢に襲われそうになってすぐに屋敷へ戻ったので、まず晴明が頼んだという巻物を取りに巻物屋へ行き、店の店主はいつもの式神の童女ではなく美少女が来たので、驚きながら巻物を手渡した。


「あんた…人間かい?」


「?人間です、けど…」


「あんまり綺麗だから妖かと思ったよ。さ、持ってきな」


―面と向かって“綺麗”と言われて照れた様子の息吹もまた可愛らしく、店主がでれっとなったので、主さまは鈴を鳴らした。


「あ、はい、じゃあ失礼します」


主さまの催促に息吹が外に出て息をつき、活気のある通りを歩きつつ胸にしっかりと巻物を抱いて、ひそりと声をかけた。


「十六夜さん、居るよね?ちょっとあっちに行ってもいい?」


息吹が指した方向は…幽玄橋のある通り。


前にここへ来た時も、息吹が幽玄橋の前で赤鬼と青鬼の大きな背中を見ていたことを思い出して、主さまが鈴を鳴らして『是』とすると、

鈴の音のした方へ向かって“ありがとう”と言って、露店の商品には目もくれず幽玄橋に向かって歩き出した。


「私は幽玄町で育ったの。赤とも青ともお友達だったの。もう…覚えてもらってないよね」


――とんでもない。

あいつらは今も赤子のお前を抱いた時の話をよくする。

…幽玄町の連中にも恐れられる鬼2匹は今もお前に夢中だ。


…そして俺も――


「あ、見えてきた」


緩やかな曲線を描いた橋の奥には山のような赤鬼と青鬼の背中。

ここまで来ると平安町の住人はまばらになり、鬼の姿を見ないように避けて歩くので、そこには息吹1人になった。


…懐かしさに瞳が潤み、せつなさについ名を呼んでしまった。


「主さま…母様…雪ちゃん…みんな…」


妖と人は相容れない存在。


…妖たちに食われるとわかっていて、ここへ置いて行った本当の母――


「どうせ食べられるのなら、主さまから食べられたかったな…」


ぽつりと呟いた息吹の背中は悲しさに震え、食われるかもしれないという恐怖から幽玄町から逃げ出したのに…

そこを懐かしいと思うなんて――


「十六夜さん、戻ろ」


幽玄橋を後にしようとしたが…
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