主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】
「あんた…美味そうだな」
舐めるようなねっとりとした声をかけられて振り向くと…
頭には皿、尖ったような黒髪、そして全身が緑色で、手足には水かきのついた妖が立っていた。
…河童だ。
笑った口からはぞろりと牙が生えていて、足音を響かせながら近付いてきた。
「…幽玄町の妖さん?」
「違うよ、俺は所詮百鬼にも入れない小物さ。人間がここを通るのをずっと待ってたんだ!」
――目にも止まらぬ速さで河童が息吹の足首を掴み、そのまま土手を滑って水の中へと引きずり込む。
「きゃぁっ!ごぼ、ごほっ、助け、いざよ…っ」
「息吹!」
とぷんと水の中へ消えて行った息吹を見た主さまの瞳の中に青白い炎が燈り、
瞳をぎゅっと閉じた息吹が両手で口を覆って水を呑み込まないように必死に耐えていて、
あっさりと追いついた主さまを見た河童が目を見張り、鋭い爪で主さまの肩を切り裂いた。
…これしき、傷とも言えない。
人間の息吹は長時間水の中には居られない。
早く岸へと上がらなければ…死んでしまう。
「息吹を…離せ…」
凄まじい妖気を発する主さまの正体に気が付いた河童の力が緩むと、素早く短刀を河童の胸に突き刺した。
「ぎゃ、ああ!」
血が水に溶けて、息吹を背後から抱きかかえて急浮上して水面に上がると、息吹が激しく咳き込んだ。
「ごほっ、ごほ、い、十六夜さ…」
「…振り向くな」
…振り向こうとした息吹に顔を見られてはいけない。
――息吹の両目を手で覆うと自ら上がり、橋げたの下にゆっくり座らせて背中を撫でてやると、少し呑み込んでいた水を吐き出した。
「ありがとう、十六夜さん…、ごほっ、ごほ!」
「…すぐに迎えが来る」
怖い思いをして、川の水の冷たさに身体をがたがと震わせている息吹をずっと抱きしめて…
目論見通り、すぐに牛車が息吹を迎えに来て、それに乗せると…息吹が泣き出した。
「怖かった…、怖かったよ…十六夜さん…っ!」
「…」
主さまは術で姿を消していたが…息吹は言い続けた。
“ありがとう”と。
舐めるようなねっとりとした声をかけられて振り向くと…
頭には皿、尖ったような黒髪、そして全身が緑色で、手足には水かきのついた妖が立っていた。
…河童だ。
笑った口からはぞろりと牙が生えていて、足音を響かせながら近付いてきた。
「…幽玄町の妖さん?」
「違うよ、俺は所詮百鬼にも入れない小物さ。人間がここを通るのをずっと待ってたんだ!」
――目にも止まらぬ速さで河童が息吹の足首を掴み、そのまま土手を滑って水の中へと引きずり込む。
「きゃぁっ!ごぼ、ごほっ、助け、いざよ…っ」
「息吹!」
とぷんと水の中へ消えて行った息吹を見た主さまの瞳の中に青白い炎が燈り、
瞳をぎゅっと閉じた息吹が両手で口を覆って水を呑み込まないように必死に耐えていて、
あっさりと追いついた主さまを見た河童が目を見張り、鋭い爪で主さまの肩を切り裂いた。
…これしき、傷とも言えない。
人間の息吹は長時間水の中には居られない。
早く岸へと上がらなければ…死んでしまう。
「息吹を…離せ…」
凄まじい妖気を発する主さまの正体に気が付いた河童の力が緩むと、素早く短刀を河童の胸に突き刺した。
「ぎゃ、ああ!」
血が水に溶けて、息吹を背後から抱きかかえて急浮上して水面に上がると、息吹が激しく咳き込んだ。
「ごほっ、ごほ、い、十六夜さ…」
「…振り向くな」
…振り向こうとした息吹に顔を見られてはいけない。
――息吹の両目を手で覆うと自ら上がり、橋げたの下にゆっくり座らせて背中を撫でてやると、少し呑み込んでいた水を吐き出した。
「ありがとう、十六夜さん…、ごほっ、ごほ!」
「…すぐに迎えが来る」
怖い思いをして、川の水の冷たさに身体をがたがと震わせている息吹をずっと抱きしめて…
目論見通り、すぐに牛車が息吹を迎えに来て、それに乗せると…息吹が泣き出した。
「怖かった…、怖かったよ…十六夜さん…っ!」
「…」
主さまは術で姿を消していたが…息吹は言い続けた。
“ありがとう”と。