主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】
牛車は通常の速度よりも早く屋敷へと向かっていたが、息吹の身体の震えは全く止まる気配がなかった。
着物が水を吸って冷たいだろう。
だが主さまには着物を脱がせる度胸はなく、ただ見守ることしかできない。
「十六夜さん…お願い…ちょっとだけでいいから…ぎゅってしてほしいの」
「……」
――寒さからそう言ったに決まってる。
そう自分に言い聞かせ、背を向けた息吹の背後に立つと…力をこめて、抱きしめた。
…身体に伝わってくる息吹の震え。
あたたかさを感じて堪えきれなくなった嗚咽が漏れて振り絞るような声を出した。
「見ないから…十六夜さんの姿は見ないから、ぎゅってしたいの」
「…!」
返事をする間もなく息吹がこちらの姿を見ないように目を閉じて、背中に腕を回してしがみついてきた。
…怖かっただろう。
妖と共にいつも在ったのに、その妖から襲われたのだ。
息吹はもう、妖に心を開かないかもしれない。
それはとてもつらいことで、主さまも息吹の頭を抱いて胸に押し付けると何度も背中を撫でてやった。
このまま連れ去りたい。
幽玄町に閉じこめて、屋敷に閉じこめて…
「十六夜さんが私を呼ぶ声…聴こえたよ…。低くて…気持ちいい声だった…」
「………忘れろ」
主さまもまた振り絞るような声を出して、牛車が止まると息吹からふっと離れて姿を消した。
「息吹、大丈夫かい?!」
「…父様…大丈夫です。十六夜さんが助けてくれたから」
慌てて出迎えた晴明に泣きつくこともなく背を正した息吹が手を取られて牛車から降り、晴明に笑いかけた。
「川に落ちちゃったの。私がはしゃいだだけだから、十六夜さんを怒らないで」
――式は全てを見ていて、晴明は式から全てを聞いていたが、息吹が気丈にそう言うので追及をやめて抱き上げると中へと運び込む。
「湯を沸かしてあるからすぐに入って来なさい」
息吹は、自分の身体を抱きしめた。
抱きしめてくれた腕の強さが、まだ身体に残っていた。
「十六夜さん…」
声が低くて優しい男の妖――
見てみたい――
着物が水を吸って冷たいだろう。
だが主さまには着物を脱がせる度胸はなく、ただ見守ることしかできない。
「十六夜さん…お願い…ちょっとだけでいいから…ぎゅってしてほしいの」
「……」
――寒さからそう言ったに決まってる。
そう自分に言い聞かせ、背を向けた息吹の背後に立つと…力をこめて、抱きしめた。
…身体に伝わってくる息吹の震え。
あたたかさを感じて堪えきれなくなった嗚咽が漏れて振り絞るような声を出した。
「見ないから…十六夜さんの姿は見ないから、ぎゅってしたいの」
「…!」
返事をする間もなく息吹がこちらの姿を見ないように目を閉じて、背中に腕を回してしがみついてきた。
…怖かっただろう。
妖と共にいつも在ったのに、その妖から襲われたのだ。
息吹はもう、妖に心を開かないかもしれない。
それはとてもつらいことで、主さまも息吹の頭を抱いて胸に押し付けると何度も背中を撫でてやった。
このまま連れ去りたい。
幽玄町に閉じこめて、屋敷に閉じこめて…
「十六夜さんが私を呼ぶ声…聴こえたよ…。低くて…気持ちいい声だった…」
「………忘れろ」
主さまもまた振り絞るような声を出して、牛車が止まると息吹からふっと離れて姿を消した。
「息吹、大丈夫かい?!」
「…父様…大丈夫です。十六夜さんが助けてくれたから」
慌てて出迎えた晴明に泣きつくこともなく背を正した息吹が手を取られて牛車から降り、晴明に笑いかけた。
「川に落ちちゃったの。私がはしゃいだだけだから、十六夜さんを怒らないで」
――式は全てを見ていて、晴明は式から全てを聞いていたが、息吹が気丈にそう言うので追及をやめて抱き上げると中へと運び込む。
「湯を沸かしてあるからすぐに入って来なさい」
息吹は、自分の身体を抱きしめた。
抱きしめてくれた腕の強さが、まだ身体に残っていた。
「十六夜さん…」
声が低くて優しい男の妖――
見てみたい――