主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】
“心臓が止まってしまいそうになった”


――確かに十六夜がそう言った…


自室に戻った息吹は炊き枕に顔を埋めながら…悶えていた。


「もしかして…十六夜さん…私のことを…?」


妖と人は時に交わり、子を為すこともある。

父代わりの晴明も半妖だし、雪男もそうだった。


「でも私…十六夜さんを見たこともないのに…」


だが抱きしめられた時の腕の強さ…あたたかさ…優しい声…

晴明にどんな妖か聞いた時、間髪入れず“色男だ”と言ったし、息吹の頭の中は“十六夜”という名の妖のことでいっぱいになっていた。


「十六夜さん…腕…大丈夫かな…」


先程晴明に飲まされた薬湯の効果で息吹はそのまま眠りに落ちて行った。


――我が家へ戻って来た主さまの顔色が悪いことにすぐ気が付いた山姫は、即座に雪男と共に主さまを寝室へと運び込んだ。


「主さま、一体どうしたんですか?!すごい熱が…」


「1日寝ていればすぐに良くなる。明日も息吹の所に…」


「駄目ですよ、息吹のことも大事ですけど主さまが欠けたら私たちはどうすれば…」


「いや、行く」


押し問答をしていると、外で鳥が羽ばたくような音がして雪男が障子を開けると、

鳥の姿を模した式神が嘴に何かをくわえていて、雪男がそれを受け取るとすぐに飛び去って行った。


「晴明からの使いか。開けてみろ」


苦しそうに息が上がる主さまの枕元に座った雪男は流れるような美しい晴明の文を読み、そして付け加えられていた粉薬が包まれた包み紙を主さまに見せて渋面を作られた。


「河童にやられた?主さまが河童如きに?」


「…息吹が一緒だった。あれを守るために…」


「もういいですからこの薬を飲んで寝てくださいよ」


氷水に浸した布で額を冷やしてやり、山姫と雪男が寝室から出て大広間へ移動しながら、

主さまがいかに息吹を気遣い、大切にしているかを知り、山姫のきつい美貌が和らいだ。


「主さまが息吹を連れ帰ってくれるのも時間の問題かもしれないねえ」


「…い、息吹がここに?」


「息吹に手を出すんじゃないよ。息吹は主さまのなんだから」


早く帰っておいで――
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